おしゃべりキンギョソウ
西宮春希がだべるだけ
百千鳥
1ページ42文字×34行の書式で、80枚以上130枚以下。
締切:2023年5月31日
会話中心、とにかく明るくて楽しい、現実を忘れられる
秋、9月
春希 女、高2、日曜は雑貨屋アルバイト
白夜 男、小学一年生、アルビノ
うた 女、高2、
粋那 男、19歳、旅人
透 女、18歳、専門学校生
小関菫 女、31歳、雑貨屋店長
○あらすじ1000字以内
○本文
起
美夜
旅行行きたい!
キャラ紹介、主題提示、雰囲気提示
第一話 土曜日も習い事なんて、最近の小学生って大変だよね
「自分さがしってやつしようよ!」
「それ一人用ね」
西宮春希(にしみや はるき)の突飛な提案に、七草うた(ななくさ うた)は冷静に返しました。
「一人だとつまんないじゃん!」
「何人分の自分探すつもりなの」
「五人くらい?」
「せめて偶数にしときな」
「じゃあ七人」
「なんで仲間外れ作るのよ」
「だれも仲間外れしてないよ」
「奇数だとなるんだって」
「七人はキスウなの?」
「五人も奇数」
「キスウって何個あるんだっけ」
「偶数と同じだけ」
「なんでキスウじゃダメなの?」
「奇数にすると『二人組使ってー』で一人余るじゃない」
「いーれーてって言えばいーいーよって言うじゃん」
「春希の場合はね」
「うちが言うからいいの!」
「そうね」
「スマホでしらべてもさ、よく分かんないのばっか出てくるんだけど」
「なんて調べたの」
「どっか行きたい」
「なに出たの」
「心理がなんとかって」
「スピリチュアル系?」
「ここに相談してって」
「よく踏みとどまったね」
「分かんないからスマホはやめた」
「じゃあ、雑誌とか買ったら」
「外国のばっかだったんだもん」
「そんなわけ」
「ホントだって! 漢字ばっかなんだもん。たぶん中国とかのやつ」
「それたぶん国内だよ」
「えー見とけば良かった」
「漢字の勉強しなよ」
「ふつうに使う物だけ分かってればいいもん」
「普通に使う物も怪しいでしょ」
「読めればいいもん」
「読めてないし」
「いいもーん」
「そもそもさ、すぐ三年になんのに旅行行く暇なんてないよ」
「お正月も春休みもあるじゃん」
「寒いから嫌」
「土日!」
「寝たいから嫌」
「連休!」
「近いうちにあるっけ」
「知らなーい。いつでもいいからさ、リョコウ行こうよ!」
「もう二学期入ってんのよ。中間テストもすぐだし」
「テストはどうにかなるって」
「春希はいつも追試なんだから少しは焦りなって」
「アサリなっても変わらんしー」
「違うわ。もういいや」
「この前なんかで見たんだけどさ、数学できると頭いいんでしょ。だから数学だけガンバレばいいんだよ」
「数学できるの?」
「できない。ダメだ!」
「自分で分かってんなら何も言わんわ」
「えーじゃあ何がんばろう」
「全部頑張りなよ」
「それはキャンプファイヤーだよ」
「キャパオーバー、ね」
「それかも!」
「頭から煙どころか燃え上がってんじゃない」
「うたはどこ行きたい?」
「その急に話戻す癖、どうにかなんない?」
「なんない。続き話すの忘れてただけだもん」
「忘れ物なのね」
「さっきまでは忘れてることも忘れてた。今は忘れてるだけ」
「末期ね」
「ねぇ、うたはどこ行きたい?」
「んー特にない」
「どこでもいいからなんか言ってみて」
「えー……エジプト?」
「エジプトって何があるの?」
「砂漠とか、ピラミッドとか」
「サバクって砂がめっちゃあるやつ? 白夜くんの砂場セット持ってこうよ」
「そのノリで行ったら干からびるよ」
「だいじょぶだよ! コンビニあるでしょ?」
「あるかなぁ……」
「コンビニあったら……なに買えばいい?」
「水?」
「タンサンのやつがいい」
「私ソーダ」
「期間限定のやつがいい」
「無いだろなぁ……」
「あとクッキー」
「せめて口の中はオアシスにしといて」
「ねるねるあったっけ?」
「貴重な水で遊ばないの」
「アイスの、CMやってるやつ美味しそうだよね」
「すぐ溶けるよ」
「そっか、暑いんだ」
「だけんやめときな」
「でも暖かいとこでアイス食べたいでしょ?」
「それは分かる」
「でしょー」
「あーっ! はるちゃんとうたちゃんだ!」
栄白夜(さかい びゃくや)が、スイミングバックと真っ白な髪を跳ねさせながら、店に入ってきました。ドアに付けられた木製のベルがカロコロカロと優しい音を立てます。
「白夜、ちゃんと家から入りな」
「ごめんなさーい」
「手洗いな」
「あとでやる!」
「おかえりー!」
「おかえり」
「なんのおはなししてたの?」
「砂場でさ、砂場じゃないや、なんだっけ……」
「砂漠」
「そう! サバクに砂があるから、白夜くんの砂場セットで遊ぼうって言ってたの」
「オレのやつこわれたよ」
「えー! いつ?」
「こないだ、よにんであそんだあと」
「あー、あのあと」
「ちょっと待って。春希さ、小学生男子と遊んでんの?」
「ごめん、うたも遊びたかったよね。ラインすれば良かったー!」
「急に宇宙行かないで」
「うた宇宙行ってたの?」
「春希が行ってたの。何して遊んだのよ」
「えっとねー……」
「はるちゃんだめだよ! うたちゃんにはヒミツってゆったじゃん」
「あっそうだった!」
「なに隠してんの」
「ダメダメ! 四人のヒミツなの!」
「ヒミツはゆったらダメなんだよ」
「小学生と秘密作って楽しんでんの、春希ぐらいよ」
「ぜったい言わないもーん」
「言うまでこちょるよ」
「うたのえっちー!」
「人聞き悪いこと言わないでよ」
「……あっ」
「変な声出さないで!」
「白夜くん助けてー」
「てあらってくる!」
「いってらー」
「いってらっしゃい。で、なんの秘密なの?」
「言わないったら!」
「けち」
「男同士のヒミツってやつ」
「いつの間に男になったのよ」
「実はうち、いつでも男になれるタイシツなんだ」
「お湯でも掛けようか?」
「お湯で変わったらお風呂のとき大変じゃん」
「たしかに」
「シャンプーする時とリンスする時でちがうってことだよね。髪短くなったらリンスできらんくてパサるくない?」
「お湯掛けるたんびに髪の長さ変わるの?」
「どうだろ。でも男だったら全部無いのやってみたい! ス、スランプ……スカンク……ペキンダックでもなくて」
「スキンヘッド?」
「それ。でもお湯で全部無くなるのやだなー」
「水でやるか」
「やっぱ男子やめる」
「はるちゃんダンシなの?」
「ちーがうよ! うち女子!」
「はるちゃんかわいいもんね」
「そんなことないってー」
「小学生のお世辞に照れないでよ」
「テレてないよぅ」
「そこは照れるとこじゃない」
「テレますなーテレますなー」
「テレテレぼうず!」
「スリルとサスペンスぅー」
「ふしきぞう!」
「すすめ! すすめ! われらゲッコーチョー」
「ちっちゃいものク・ラ・ブ!」
「かもーね、かもね?」
「ミラクルかもね!」
「ぶぶー! ひっかかったー!」
「やられたー! じゃあ次はうちが出す番!」
「いいよ!」
「たんったたんったたったたんっ」
「わかんない!」
「ゼッタイ知ってるやつだよ! たらったらんったたったらんっ」
春希は一生懸命にでたらめな音で歌いました。
「で、さいごにフフンッフフンットゥルットゥ」
「春希、それじゃ一生分からんよ。音痴なんだから」
「分かるって! もっかいやろうか?」
「もういいー。いちぬーけた!」
「二抜けた」
「あっ早い! 三ぬーけたでもうオワリ!」
「これすなばセット」
「うわホントにこわれてる!」
「真っ二つね」
「ここヒビあったじゃん、おいたらバキィってゆったの」
「これ直せばサバクで使えるかな」
「なおせる?」
「無理じゃない?」
「うちやってみる!」
春希が半袖なのに腕まくりすると、白夜も真似して長袖を捲りました。
「日焼け止めぬってる?」
「ぬってる!」
「じゃあここ持って。いくよ、ふんっ」
「何してんの」
「合わせたらくっつくかなーって」
「くっついてる!」
「気合はプラスチックに効かないでしょ」
「白夜くん、はなすよ」
「おっけー」
「あーダメだ。やっぱセッチャクザイいるかぁー」
「ノリあるよ」
「うわなつかしー」
「指でやるやつね」
「ユビでやんないよ。これつかう」
「めっちゃベンリになってんじゃん」
「時代だわ」
「そうそう。あーこのニオイだ」
「独特だよね」
「図工ってかんじ」
「それだわ」
「このまえのずこうでジンセイゲームつくったよ」
「えっすごーい。ゲーム会社の人じゃん」
「めっちゃたのしかった!」
「いいなー」
「みんなでやろ!」
「持って帰るのいつだっけ」
「おおきいやすみのまえ」
「楽しみー」
「早くせんと糊乾くよ」
「そうじゃん」
春希は壊れたバケツの割れ目に糊を塗りました。
「ボクもやる」
「じゃあココ付けて」
「付けた!」
「白夜くん袖に糊付いとるよ」
「あっふくノリノリなった」
「のりがノリノリ!」
「ノリノリのり!」
「ごめん、それ面白いの?」
「分っかんないかなー」
「分からんわ」
「ボクわかったよ」
「ほら通じてる!」
「小学生レベルじゃん」
「そんで、合体!」
「がったい!」
「手をはなすとー……」
「こわれたよ」
「くっつかないんだけど」
「時間経たんと固まらんよ」
「一生このまま?」
「だろうね」
「はるちゃんここすむの!」
「一緒に住む?」
「うん! ボクのヘヤでねようね!」
「うち女子べやがいいなー」
「こっちは二だんベッドだよ!」
「じゃあそっちー」
「軽っ」
「これ直ったらさ、サバクで使うんだねー」
「何で決定事項にしてんの」
「サバクってどういうの?」
「砂がたくさんある!」
「サンカクコウエンのスナバぐらい?」
「もっともーっとあるよ!」
「どんくらい?」
「うーん、学校くらい?」
「もっとあるよ。良い物持ってんだからググりな」
「さ……ば……く。ほい出た!」
「ボクこれ行ったことある!」
「うっそだー! サバクはエジプトにあるんだよ」
「ちがうよ! サバクはトットリケンにあるよ。こないだいったもん」
「鳥取県きいたことある! アレでしょ、真ん中にイズモタイシャがあるやつでしょ」
「それは島根」
「鳥取県の真ん中が島根?」
「お隣さん」
「家一個が全部鳥取県てこと?」
「全部違う」
「どこにあるの? 上のほう?」
「あっちのほう!」
「あっちって西?」
「ニシナくんちはむこう!」
「じゃあ東?」
「ヒガシってなにがあるの」
「えっと、月がのぼってくるほう!」
「それだったらゲンカンのほう」
「げんかんどっちだっけ?」
「こっちっかわ」
「じゃあこっちが東? 分かんないや」
「ボクもしらなーい」
春希と白夜は救いを求めるように、揃ってうたを見た。
「……どこから訂正してほしい?」
「なんの話だったっけ」
「あ、そうだ!」
「冷蔵庫にソーダ入れてたんだった」
うたは、備え付けの冷蔵庫からソーダを取り出しました。
「うちのジュースも取ってー」
「ボクのオカシもー」
「白夜君、どんどん春希に似てくるよね」
「仲良しだもんねー」
「ねー」
「だって白夜くんが小さいころから知ってるもん」
「小さい頃から知ってるって言ったら私のほうが知ってるよ」
「そりゃ、うたはイトコだからじゃん」
「まあね」
「うちはね、白夜くんが生まれることを予言してたんだよ」
「よげん?」
「超能力ね」
「はるちゃんすごーい! マジックのひとだ!」
「うち実はマジックできるんだ」
「へえ、初耳」
「みたーい」
「ここにペットボトルがあります。これをかたむけると……あれ、立たないな」
「つまんなーい」
「それ缶でやるもんじゃない?」
「缶もってこーい!」
「カンカンいえにある」
「ジュースの缶ある?」
「ない!」
「あちゃちゃー」
「ちゃちゃー」
「そこの中華屋さんのチャーハンってさ、何入れてると思う?」
「ごはん!」
「卵」
「うーんと、おにく!」
「葱」
「ちがうちがう! そういう見えるやつじゃなくて」
「隠し味ってこと?」
「それ! カクシアジなんだと思う?」
「無難にコンソメとか」
「おみそ!」
「チッチッチ。みなさん不正解! ざんねん!」
「えーなにー?」
「勿体ぶらないでよ」
「正解はーしょうゆ! これマメチシキね」
「ボクもマメチシキしってる!」
「おしえて!」
「ねえはるちゃんしってる? ナカヨシさんはいっしょにシュクダイやるんだよ」
「初めてきいた! 最近の小学生ってそうなの?」
「そう。あとウンチもいっしょにやる」
「ホントに?」
「ウッソー!」
「だまされたー! シュクダイもってくる!」
「シュクダイもってこーい」
「シュクダイもってきた!」
「一年生のなんてカンタンだよ! うちやったげる!」
「むつかしいよ?」
「だーいじょぶ! これでも高二のお姉さんだからね。ぱぱっとチャーハンだよ」
「高二のお姉さんはそんなこと言わない」
「うち言ったよ」
「突然変異かな」
「病院やだー」
「行かないから。ちゃんと教えてあげるんだよ」
「まかセロリ」
「ちゃんとおしえてあげるんだよ!」
「それはどうかな」
「『まかセロリ』ってゆって」
「まかセロリ」
「いきマスカット!」
「とんでもナス!」
「……」
「私やんないよ」
「くらえだまめ、はかいこうせんべい!」
「ちんちんげんさいパンチ!」
「やったなー、パソコンだいこんチョップドサラダ!」
「おしりんゴリラ」
「……」
「やんないってば」
「宿題何やるの?」
「おんどく」
「おしえることないじゃん!」
「いちんちいっかい」
「ログインボーナスか」
「なにが貰えるのよ」
「ふたりでちゃんときいてて!」
「あいあい」
「どうぞ」
「じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいだ……かいじゃりすいぎょの」
「今かんだ?」
「しっ」
「すいぎょーまーつうんらいまーつふうらいまーつ」
「ここ好き」
「ね」
「くうねるところにすむところやぶらこうじのぶらこうじ」
「ブラブラこうじ……」
「笑わないの」
「パイポパイポパイポのしゅーりんがん」
「パイポってなに?」
「タバコ?」
「しゅーりんがんのぐーりんだい」
「偉い人みたい」
「……リンカーン?」
「ぐーりんだいのポンポコピーの」
「たぬき出てきた」
「可愛い」
「ポンポコナーのちょうきゅーめいのちょーすけ!」
「よくできました!」
「うん。上手だったよ」
「ホント? じゃあここスタンプ押して!」
「ここ『ほごしゃのはんこ』じゃん! うちダメだ」
「じゃあ私押しとくわ」
「うたもホゴシャじゃないでしょ」
「そんな細かいとこ見てないって」
「うたが悪い子になっちゃったー」
「必要悪ですぅ」
「なにそれ。悪は悪じゃん」
「これだからお馬鹿さんは……」
「バカでいいしーうたが悪いんだしー」
「あれ、いつもの『馬鹿って言ったほうが馬鹿』って言わないんだ」
「そう! それってさ、言ったら自分もバカってことになるじゃん!」
「今頃気づいたの」
「だからもう言わない!」
「そうね」
「春希ちゃん、そろそろ髪やろうか」
「はーい」
栄深夜(さかい しんや)が声をかけると、春希はセットチェアへ移りました。
「春希ちゃん髪強いから頼もしいわ」
「やった」
「何回もリタッチやってんのに傷んできてないもんな」
「そこはジマンできるとこ!」
「うちの家系はみんな細くてな」
「うたも白夜くんも髪やわらかい!」
「白人の遺伝は大変よ」
「ハーフだから?」
「ハーフは俺と弟だけで、子供達はクォーターな」
「く……うぉー……」
「リピート アフター ミー クォーター」
「くぉーたー」
「そうそう」
「英語苦手」
「英語だけだっけか?」
「あはー」
「そろそろテストの時期でしょ」
「あーもう思い出させないで。それ禁句!」
「はいはい。髪な、春希ちゃんも油断しちゃいけんで」
「深夜さんなら大丈夫でしょ?」
「もちろん。じゃあシャンプーしまーす」
「あーい」
「お湯熱くない?」
「だいじょぶー」
「最近はハーフって言うのも良くないらしいな」
「じゃあなんて呼ぶの?」
「ダブルとか」
「同じ意味じゃん」
「ハーフは半人前って捉えられるんだと」
「え、意味分かんない」
「そうよな」
「ハーフピザはダメでダブルバーガーはいいよってこと?」
「ジャンクだな」
「うちはエビチリがいいな」
「赤いから?」
「赤いから!」
「キムチとチゲ鍋は?」
「好きー」
「赤いから?」
「赤いから!」
「じゃあ今度はチゲ鍋しようかな」
「行くー!」
「来て来て。白夜も喜ぶけんな」
「寒くないのにチゲ鍋って、ゼイタク!」
「そう? もう一種類なんにしようか」
「トマトなべ」
「こないだやっただろ」
「じゃあ、すき焼き」
「うーん、重いな」
「ゆどうふ」
「軽すぎるな」
「モツなべ」
「男は好きだけど女の子いるしなぁ」
「おでん」
「それは冬まで取っとこうかな」
「ナベヤキうどん」
「それは……ギリ鍋か」
「白いお湯のやつ!」
「白湯(さゆ)?」
「ううん、味ある」
「白湯(パイタン)か。いいな」
「じゃあそれー!」
「了解。痒いとこない?」
「その『かゆいとこないですか』ってさ、ちがう意味で言ってるって聞いたことある」
「ああ、ただのコミュニケーションってやつ?」
「それ!」
「まあ初めてのお客さんだとそれもあるけど、シャンプーが合ってるかって確認もあるわな」
「あ、そっかー」
「合わんの使うと苦しいのはお客さんだけんな」
「うちここのシャンプー好き」
「嬉しいな」
「良いニオイだよね」
「キツいの苦手な人もおるけんな。シンプルなのにしてんだ」
「あーね」
「ちなみに高級品」
「何円?」
「春希ちゃんの一日のバイト代くらいかな」
「えっまって」
「こらこら計算せんの。はい椅子戻って」
「まって今やってるから」
「十本指じゃ足りないって」
「あー分かんなくなっちゃった」
「乾かしまーす」
「あーい」
「熱くない?」
「だいじょぶ」
「春希ちゃんさ、ドライヤー好きよな」
「あったくて好きだけど、フツーくらいの好きだよ」
「終わった頃にはいつも寝とるよ」
「えーそう?」
「自覚がない?」
「ぜんぜんおぼえとらん!」
「それはそれで幸せだけどな」
「お手手のシワとシワを合わせてしわわせー」
「何それ」
「しわわせーって言うとふふふってなるよ」
「いいな。どんなふふふなん?」
「今と同じかんじ」
「成程」
「ぽかぽかで、ふわーって」
「もしかしてだけど、自分でドライヤーするときも寝てない?」
「寝ないよ!」
「良かった。安心した」
「え、ホントに寝てる?」
「うちでは毎回だで」
「うっそだー……マジで毎回?」
「マジで毎回」
「毎回? 大体? 三回?」
「なに少なくしようとしてるん」
「ごまかせ……」
「てない」
「ダメかぁ」
「まあ寝とっても全然いいけど」
「ちゃんと起こしてよー」
「椅子空いてればゆっくりしていったらいいよ」
「そうするー」
「ほら良い色に仕上がってきたで」
「ねー!」
春希は真っ赤に染まった髪を横に振りました。
「まだ終わってないから。動かない」
「にひひ」
「はるちゃんバケツくっついたー!」
待合スペースのソファから、白夜が大きな声で言いました。
「早っ! 見せてー」
「これー」
「見えらーん。深夜さんどいて」
「はいはい」
「あっホントじゃん。あとで行くー」
「はやくー」
「深夜さん早くー」
「はいはい」
「はるちゃんバケツこわれたー!」
「深夜さん早くなくていいよー」
「忙しいなぁ……」
「ここはみんな背高くていいよね。うたもいつの間にか一六〇越えてたし」
「白夜も、すーぐ春希ちゃん越すで」
「イヤだぁー。カワイイままでいてほしい!」
「白いのと赤いので並んだら可愛いけどな」
「白夜くんと双子コーデするの夢なんだ!」
「白夜男だで」
「イロチかアシメの双子!」
「ほーん」
「全身赤と白のコーデ」
「漫画家にでもなるん」
「どういうこと?」
「あーごめんジェネレーションギャップ」
「有名なキャラ?」
「キャラ……なんかなアレ」
「あっ分かった! 白いアメのやつじゃない?」
「どのやつ?」
「舌出してる子供のやつ」
「あーアレね。アレも赤白だな……いや言いたかったのはそれじゃないけど」
「じゃあ分かんないやごめーん」
「謝ることないで。俺も分からん話したけんな」
「ごめんの代わりに身長ちょうだい」
「いいで。いくら?」
「五セン……やっぱ十センチくらい」
「十センチぐらいタダでやったる」
「ホント? やった」
「そういや春希ちゃんも背伸びたんじゃない?」
「それ! うちも思ってた!」
「今どんくらい?」
「身体測定の時は一五〇で、今どんくらい伸びたかな」
「三センチくらい?」
「えーもっとあるよ」
「身長高くしたいん?」
「身長伸ばすのに良いのって何だろ」
「牛乳とか聞くよな」
「嫌いじゃないけど、そんなに好きじゃない」
「赤くないもんな」
「イチゴ牛乳はちょっと好き」
「じゃあそれ飲みな」
「あと乳製品だったらチーズとかヨーグルトかな」
「あーそういうのもあるよね。でも毎日食べないといけないんでしょ?」
「継続は力なり、だで」
「一日でポンって伸びてほしーい」
「それはもう厚底しかないわな」
「靴伸ばすの?」
「足大きいと背高くなるらしいな」
「うち足小さいよ。見る?」
「ホントだ。じゃあ伸びんな」
「トドメらんでよ」
「『トドメ刺す』な」
「あーあ、うちもハーフが良かったなぁ」
春希は上目遣いをしながら、セットチェアの上で足をブラブラさせました。
「あとさ。ハーフって大人っぽい顔で良いよねー」
「あーそれはあるな」
「ねー。良いなぁー」
「童顔なのも可愛くて良いんじゃないの」
「大人っぽいほうが」
「んー、それが……」
「それが?」
「……う」
「ん?」
「……」
「寝たな」
「……るきー、はーるきー」
「んぅ」
「春希!」
「おきてるー」
「あと何分?」
「あと五分」
「三分間だけ待ってあげる」
「ば、わ……ワルツ!」
「子犬の?」
「ビンゴー」
「よく寝れた?」
「おはよー」
「私帰るわ」
「んぇー?」
「帰るからね」
「カエル……?」
「そう」
「カエル……カラスね?」
「それでいいわ」
「カエルはカラスじゃないよ」
「そうね」
「ちがうじゃん! なんでかえるの!」
「用事ないし」
「まだどこ行くか決めとらんのに!」
「春希も長居せずに帰りなね」
「まって」
「待たない。ていうか寝過ぎ」
「ねてないねてない!」
「深夜さんもなんで放置するかなー」
「ねてないってば」
「時計見てみなよ」
「……た、タイムスリップ!」
「何の為に?」
「えっと、地球の平和を守るため!」
「帰るわ」
「なんでー」
「春希寝てたから帰る」
「寝てないから帰らない!」
「変な意地張らないでよ。じゃあね」
「あっうたー! 明日もカイギするからね」
「明日無理」
「じゃあ来週!」
「まだやるの」
「リョコウ行こうって言ったじゃん。いいよって言ったじゃん」
「言ったけどさ」
「ぜったい行こうね」
「分かったから」
「また明日ねー!」
「月曜日ね」
承
雑貨屋、店長
面白おかしいホラ話を聞いて、いろんな場所を夢想する
第二話 日曜日の雑貨屋さんって意外とお客さん来るんだよ
「店長ぉー来たよー」
「……」
「店長ー」
「……お、早いな」
「いつもと同じ時間だよ。早く起きて!」
「……おー」
春希は、奥座敷で布団に潜る小関菫(こせき すみれ)の肩を揺らしました。
「お客さん来ちゃうよ」
「来ないよ。今日雨だし」
「関係ないよ! 屋根あるんだから」
「なーんでアーケードかなー」
「うちは好きだよ。濡れないし」
「そこは良いな」
「雨好きじゃなーい」
「私(あーし)飴嫌い」
「うちも」
「キャンディのほうな」
「それは好き」
「アメリカは好き」
「行ったことあるの?」
「毎食後、三十分以内に」
「アメリカって何食べるの?」
「パン。米は嫌い」
「うちご飯のほうが好き」
「相容れないな」
「愛入れるってなに。愛情入れるんでしょ」
春希は菫が言い間違えたと思い、ケタケタと楽しそうに笑いました。
「この前持ってきたおにぎり勝手に食べてたじゃん。六個。おぼえてるからね」
「そりゃ腹減ってたんだろ」
「うっそだー! お弁当空っぽなのあったの見たけんね。しかも寝てたし」
「一服盛っただろ」
「ねぇなんで一気に六個も食べちゃったの?」
「なんだったかな。妖精が食ったんだ」
「ヨウセイ見たの?」
「いいや、気付いた時には完食よ」
「なーんだ、うちも見たかったなー」
「今度見せたるわ」
「ホント? ゼッタイだよ!」
「ちょちょいのちょいよ」
「ちょうちょのヨウセイだったの?」
「そうそう」
「ちょうちょむすびってこと?」
「何を結ぶん」
「だってヨウセイって髪むすんだり靴紐むすんだりするじゃん」
「靴は作ってくれんのか」
「朝ネボウした人の靴紐むすぶんでしょ?」
「悪い方の妖精だな」
「分かった。ちょうちょのヨウセイはちょうちょむすびで、団子のヨウセイが団子むすびだ!」
「お、よく知ってんな」
「ヨウセイのボスがリボンむすびさん!」
「お前はなんでも知ってて凄いなー」
「でしょー」
「凄すぎて布団から出られねぇぜ」
「早く出て! 服も着て!」
「着ないから出ませーん」
「今お客さん来たらどうすんの」
「勝手にやっといて」
「これでいいじゃん。このワンピース」
「Tシャツな」
「でも長いよ?」
「でかいだけのTシャツだ。それくれ」
菫は、春希から受け取った皺だらけのTシャツを被りました。
「パンツはいてる?」
「そんなもん必要ねぇ」
「店長って女の子なのに、楽しまないよね」
「あーん?」
「女の子は好きなだけかわいいカッコしていいだよ。もったいないじゃん」
「男もできるだろ」
「そうだけど、ちょっと違うじゃん?」
「どこが」
「女の子がワンピースきててもカワイイなーだけど、男の人は全部がそうじゃないじゃん」
「お前の常識を押し付けんな」
「ちがうちがう。うちは良いなって思うけど、思わない人もいるでしょ」
「ジェンダーステレオタイプの話か」
「分かんないけど、それかも」
「んなもんすぐに変わらん。好きにさせろ」
「そうだけどー、でも店長せっかくキレイなのに、やっぱもったいないじゃん」
「私(あーし)はこれがいいんだよ」
「そっかー……」
「まあ、お前の意見は分かるよ」
「じゃあ今度フリルのやつ持ってきていい?」
「調子乗んな」
「今日なんの匂いにする?」
「焼肉食いてー」
「レモンかなぁ」
「タンか。いいな」
「もう、お店の匂い決めてんのに変なこと言わないでよ」
「そうだ店長に言うコトあった」
「なに、辞めるの」
「やめると困るの店長でしょ」
「彼氏でも出来たんか」
「できても店長には言わなーい」
「ここまで育ててやったのに。おーいおいおい……」
「まだ半年くらいじゃない?」
「そうだったかな」
「二年になってからだもん」
「お前今何年よ」
「二年生だってば」
「まだ二年生やってんのか」
「一回目!」
「去年もやってなかったか?」
「留年してないよ、ギリ!」
「来年は二回目か」
「まだ分かんないから」
「そこは否定しろよ」
菫は年季の入った算盤を弾きながら続けました。
「んで、なんの話?」
「リョコウ行こうと思ってんの」
「自分探しってやつ?」
「それ一人用なんだって。二人で行く」
「誰と」
「うた」
「ああ、七草んとこの」
「知ってんの?」
「そこの両親が一緒になって、栄んとこと縁できたんだろ」
「よく分かんない」
「親戚になったってことだ」
「いとこってシンセキ?」
「大親戚だぜ。なんだったかな、親戚王決定戦で勝ち残ったのが従兄弟なんだよ」
「スゴ! うたにも教えてあげよ!」
「お前が笑われるだけだぞ」
「笑えるならいいじゃん」
「お前は幸せ者だな」
「うん幸せ。でさ、うたに、どこでもいいからお出かけしたいって言ったらさ、エジプトってトコが良いなってなったの」
「ほーん」
「うちら学校あるしさ、どっかの土日で行くしかないじゃん?」
「そうな」
「だけんバイト休むかも」
「いいんでない。いつよ」
「まだ決めてなーい」
「明日?」
「えー明日は無いよー」
「明後日?」
「そんなすぐじゃなくてさ、行くまでにワクワクしたいんだって」
「期待しすぎんなよ」
「キタイするのいいじゃん!」
「待つうちが花ってな」
「なにそれ」
「行きはよいよい、帰りは怖い」
「怖くないもん。店長はエジプトの何知ってんの」
「なんでも知ってるぜ」
「ホント?」
「なんだったかな。エジプトってエジソンの地元なんだぜ」
「エジソンって何だったっけ、ラジコン?」
「そうそう、ラジコンの親戚だ。蓄音機と電球と映写機でドライブインシアターってな」
「ラジコンでハンバーガー食べるの?」
「それはドライブスルーな。車に乗りながら映画見るんだよ」
「車のテレビで?」
「広い場所にでかいスクリーンがあってな、車が綺麗に並んでるんだ」
「駐車場じゃん」
「駐車場に居ながら映画を見るんだよ。オープンカーしか入ることができない真夜中の集会」
「なにそれ気になる!」
「おいおい、オープンカーは金持ちしか持てない娯楽だぜ」
「じゃあうちムリじゃん」
「お前は旅行にでも行ってろ」
「あ、そうだ。リョコウ行って映画見るの良いかも!」
「旅行行ってまですることかよ」
「することだよ! いつもテレビだし」
「テレビっ子め」
「最近の子はなんでもスマホだから、うちはテレビを見てあげるんだよ。えらいでしょ」
「褒めたんじゃねぇよ」
「店長知らないでしょ。テレビって見ないとうつらなくなるんだよ」
「嘘つけ」
「ホントだって。こないだつかんくてさ、リモコンの電池変えたらついたの。電池の元気とテレビの元気は一緒なんだよ」
「辞書でリモコンの意味引いてみろ」
「やだ。文字ばっかだもん。うちはドラマが良い。人が出るやつ」
「そーかい」
「あーリョコウ楽しみ! いつ行こっかなぁ」
「毎日行ったらええよ」
「毎日がエブリデイってこと?」
「毎日はエブリデイだな」
「どうゆうこと?」
「明日はきっとトゥモローってことだ」
「それ聞いたことある!」
「お前はまず英語の勉強からしな」
「なんで? 今の分かったよ」
「そゆとこ」
「エジプト語は勉強せんといけんね!」
「アラビア語な」
「なにアラビア語って。エジプトの話してんだからエジプト語でしょ」
「お前の事考えれば正したほうがいいんだろうけども、私(あーし)は面倒だからしない」
「なにが?」
「良い人に拾ってもらいな」
「ねぇなにが?」
「もう知らね」
「そこに新しいの来てるから適当に出しといて」
「はいほーい」
春希は通路に置かれた段ボールを開けました。
「店長、この変なやつはどこで買ってきたの?」
「どれ?」
「このキーホルダー」
「もらった」
「だれに?」
「なんだったな、背が高くて太ってて、髪もじゃ髭もじゃの雪男」
「見てみたい! 写真とってる?」
「んー……」
菫はそこら辺に置いてある古書から、適当な絵が描かれている紙を引き抜きました。
「コレ」
「めっちゃデカ!」
「でも超優しかったぜ。『儂の髭には不思議なパワーが宿っておるんじゃ』とか言って」
「フシギなパワー!」
「髭をひと撫ですればりんごが落ちて、ふた撫ですれば赤子が泣き止む」
「すご!」
「自然に抜け落ちた髭は縁起物として土産物に大人気」
「これがそうなの?」
「それはただのキーホルダー」
「フシギパワーは?」
「無い」
「じゃあ、うちがやる!」
春希はキーホルダーを強く握りしめ、目を閉じた。
「じゅげむじゅげむごこうのすりきれ……」
「それはなんのパワーなん?」
「超マックスすごいパワー!」
「ご利益は?」
「ごりやくってなに?」
「それの効果」
「じゃあ……リョコウ行ける!」
「旅の安全?」
「ううん、リョコウ行けるの」
「保証してくれんのかい」
「行けるだけでスゴイじゃん」
「幸せ者め」
「おねがいします雪男さまー!」
「雪男も困ってるよ」
「ねぇ今スゴイこと分かった。この雪男って雪の男なんだね!」
「ワァスゴーイ」
「何さいなんだろ?」
「歳は知らんが、お爺さんだろ」
「おばあさんもいるの?」
「なんだったかな。メスはな、ちょっと黄色いんだ」
「オシャレしてんだ!」
「年頃になると皆そうよ」
「雪男って雪山に住んでんだよね」
「ちゃんと着込んでな」
「冬物って高いよね。お金持ちなんだ」
「スキー場あるしな」
「だからスキー場のご飯って高いの」
「そうそう」
「へえーうたにも教えよ」
「スキー場の人はみんな雪だるまでな」
「マホウで動き出す!」
「いいや、特別な雪の粉を一振り」
「どこにあるの?」
「山の頂上にしかない」
「うち頂上行ってみたい!」
「トレーニングが必要だぞ」
「どんとこい!」
「まずはかき氷をキーンとせずに食べ終わる」
「一回出来たことある」
「次にサウナと水風呂を交互に入る」
「やったことないや」
「この子はここー」
「それ、日陰に置いといて」
「りょうかーい! この子はこっちー」
春希はキーホルダーを魔法の箒の下、狐のお面の隣の蔦に引っ掛けました。
「店長、魚の箸置き無くなってる! 売れた?」
「新鮮だったから逃げたんだろ」
「まだ近くにいるかなぁ」
「青魚だから足早いぞ」
「じゃあ無理か」
「また買い付け行くさね」
「また朝早いの?」
「代わりに行って」
「やだ」
「俺も嫌だ」
「じゃんけんっ」
「ほいっ」
「やった勝った」
「グーで負けると、そのまま殴りたくなるわ」
「パーは?」
「張っ倒す」
「チョキは?」
「目潰し」
「また指の骨折るんだから、やったらダメだよ」
「あん時不便だったな」
「でしょ」
「大人しく朝市行くわ」
「寝坊したらダメだよ」
「寝ないで行く」
「それもダメ!」
商店街に朝のチャイムが響くと、早速ドアが開かれました。重たいドアがキィと軋みます。
「あの、ここって買い取りもしてくれるんですよね?」
「できるよ! 今日は店長のキゲン良いから高いよ!」
「……はぁ」
「何売るの?」
「こういう物でもいいですか?」
女性が箱から取り出したのは、ガラスで作られた薔薇の指輪です。
「バラバラだな」
「今はこうなんですけど、たぶん、明日はちゃんと元の形になってます」
「ふぅん」
「この指輪を置いて、出て行ってしまいました」
「それから、彼は帰ってきませんでした」
「ハラハラするー!」
「そんな彼氏振るべきだろ」
「」
「これは……?」
女性は異世界の地図を指差しました。
「それはね、アブラカタブラ星人の村だよ」
「アブラ……?」
「油を育ててる人たち!」
「菜種とか?」
「ううん、油を育ててるんだよ」
「最後にアブラカタブラって言ったら完成」
「あっ良いじゃーん」
煙はフッと霧散しました。
「あーあ消えちゃった」
「消え……ましたね」
「次の希望作ろ!」
「え……作る?」
「何個でも作れるよ。どれがいい?」
「あの、お土産に良い物ってありますか?」
「店長、おススメはー?」
「これ渡したげて」
「コレって……」
「たぶん、そゆこと」
「おっけ! お姉さん、オススメはこれ!」
「箱、ですか?」
「ただの箱じゃないよ。開けるのがめーっちゃ難しいけん」
「……へぇ」
「ちょっとずつ動かして、ほら」
「したら」
「難しいですね」
「……あれ、違う」
「ここが……」
「お姉さん、イスすわっていいよ」
「あ……はい」
カチッと鳴ると、女性は空いた小箱の中に吸い込まれていきました。
「やっぱり」
「よく分かったねぇ」
「まあ、透けてたしな」
「」
春希が傾いた額縁を直すと、風景画が抽象画に変わりました。
「旅行って、どこ行くの?」
「なんも決まったらん」
「旅行屋行ってみたら」
「あ、それ良い!」
「アーケードの上(かみ)の、上崎(かみさき)さんトコの」
「カミサキさんってだれ?」
「ほら、栄さんのとこでバイトしてる女の子」
「ああ! とおるちゃんのこと?」
「その子の家で」
「そうなの? えー行ってみる!」
「あそこは口堅いから信用できる」
「しゃべれないの?」
「ある意味、信用商売だからな」
「ふーん」
「話聞いただけで何万っていう金使うことを決めるからな。口は達者って程でもねぇけど、信用はできる奴だ」
「店長に聞きたいことあったんだ」
「結婚相手以外なら大歓迎」
「うちって何円?」
「成程成程。バイトの給料じゃ足りないってか」
「なに言ってんの? ここでバイトするの何円? ってこと」
「バイト二人もいらんて。お前一人で手一杯だわ」
「もーちがうって。ここの、うちの、ねだん!」
「そんなん口座見ろよ」
「あれは全部まとめてのやつじゃん。ちがくて、チラシに書いてあるようなネダンのほう」
「なに、時給?」
「それかも!」
「いくらだったかなあ……税理士に任せっきりで憶えてないわ」
「今決めて」
「五百円」
「シャンプー五百円だ! ……五百円って高いの?」
「大きさによるな」
「見てなかったや」
「何の話よ」
「深夜さんとこのシャンプー、うちのバイト代くらいって言っとったけん」
「あれは特注品だろ」
「トクチューって高いやつでしょ」
「そう。なんでも、人魚姫が住む海の塩を使ってんだと」
春希がサボテンに水をやると、たちまち黄色い花を咲かせました。
「」
サボテンの針が指に刺さりました。
「いたっ。もう、やめてよ」
サボテンは悲しそうに、緑色から紫色に変わりました。
「何回も言わせないでよ。友達やめるよ!」
「観葉植物脅すのお前くらいだよ」
また、重たいドアがキィと軋んで開きました。
「ほらお客さん来た。接客しといて」
「よってらっしゃいみてらっしゃい!」
「なんだそれ」
「テレビのマネ」
「場違いだろ」
「好きに見てっていいよ!」
「雑過ぎ」
「店長のマネ」
「お、やる気か?」