私が今よりもずっと幼く、曖昧な形をした生き物だった頃。自分が何者なのかも分からず、それでも母の臍の緒を通じ、やがて与えられたこの身体が私のものではないと感じていた、遠い昔の話。私は神話の女神になることを夢見ていた。それは町の小さな美術館の薄いガラスで保護された絵画だった。また、雑貨屋の陽の当たらない隅に置かれた小さなポストカードだった。そして、図書館の本棚にひっそりと並べられた、立派で分厚い、よく手入れをされた古い美術書だった。彼女達は殆ど衣類を身に纏うこともせず、光を浴び、ただ悠然と佇む。その柔らかな眼差しの奥に宿るものは、まさに神秘だった。私は彼女達の姿に強く憧れを抱いた。同時に自分が辿るであろう未来を憂い、呪った。既に第二次性徴を迎えていた私の身体は、彼女達とは大きくかけ離れていったからだ。毎朝鏡の前に立つたびに、それは現れた。喉には威嚇をするために発達した凹凸が目立つようになった。元から運動が苦手な性分であったにも関わらず、身体の肉質が硬く、四角くゴツゴツとした印象がする。更には、体毛までも……。
もしも願いが叶うならば、丸く、たおやかな身体が欲しかった。朝日の中でさえずる鳥のように高く、聴く者を魅了するような透き通る声が欲しかった。キャンバスの中で作り上げた豊かな草原で彼女達がそうしているように、美しい宝石を身に纏ったり道端に咲く花を愛でたかった。細く、壊れてしまいそうな身体の奥に宿された凛々しさが欲しかった。
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その夜は、自分の存在が掻き消されてしまいそうな強い孤独感に苛まれた。
硝煙と砂埃、そして血の匂い。昼間にはすぐ隣にあった死の匂いを打ち消したかのような、ひどく静かな夜だった。Apexゲームへの参加を決意してから越してきた家には、まだ私物が届けられていない。簡易的なソファ、テーブル、ベッド。それから、タロットカードとお気に入りのクリスタルを少し。それ以外には何もない部屋。友人とルームシェアをしていた時期の習慣は今だに抜けず、部屋に明かりを灯すのはアロマキャンドルだけだった。よく眠れると評判のそれを私も長い間愛用していたけれど、今夜はずっと気分が落ち着かない。それも悪い方に。こんな時には、音楽を聞いて気を紛らわせるのがいつものルーティンだったのに、何故だか今夜に限っては液晶型タブレットに登録している音楽サブスクリプションからお気に入りの曲をかける気にもなれなかった。
結果から告げれば、今日のApexゲームは初陣にしては上々だった。惜しくもチャンピオンは逃し、2位で終わったものの、初めて賞金を獲得した。私の試合の活躍を中継で見ていてくれたローズとプラヴィナからは、『今日の貴女は最高にイケてる』『有料会員限定ファンクラブを今から作るべき』などの賛辞の言葉を今現在もチャットアプリ上で浴びるように受けている。更にはクレオのテラフォーミング事業に携わっていた際に親交を深めた元従業員達からも、健闘を讃えるメッセージや電話をもらった。そして、この家に戻って来る少し前、ドロップシップの中でラムヤを含めた数名のレジェンドから声がかかった。彼女ら曰く、私の歓迎会をしたいということだった。とてもありがたい誘いだったけれど、初参加の試合で疲れていることを理由に、こちらは丁寧に断った。ラムヤ達は少し残念そうにしていたけれど、こちらの事情を深く詮索してこようとはしなかった。
『本日のApexゲームはボレアスの衛星であるクレオを──』
『シルバ製薬CEOのドゥアルド・シルバ氏が──』
『ハモンドロボティクスによる星の再建計画が──』
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