好奇心は猫も殺す
 ただただ知りたかっただけ。ただただ好奇心。
 ついにやってしまった。 
 横たわり僅かに痙攣し続ける人間。いや、すでにもう死体というべきか。一部どす黒い真っ赤な血が流れ出ている様は、死にゆく体から逃げ出すようでもあり、別の生き物のようでもある。
 錆びた鉄の匂いとよく知らない例えようのない臭いが喉奥に絡みついて吐き気を催す。
 ついにやってしまったのだ。
 ただただ知りたかっただけ。ただただ好奇心。
 書物を読み漁っても満たされることのなかった”それ”を満たすためだけに。
 破滅の道を選んだのだ。もう後戻りはできない。だから……もっと満たそう。好奇心が猫をも殺す前に。
 池之川 君江(いけのかわ きみえ)39歳。女性。専業主婦。
 芦間 源二(あしま げんじ)26歳。男性。大学生。
 赤秀 樹(あかひで いつき)24歳。男性。大学生。
 詩丘 蘭(しおか らん)27歳。女性。私立探偵。
 稔代 瞬(ねんだい しゅん)36歳 男性。料理人。
 三堂 司(みどう つかさ)36歳。男性。んラノベ小説家。
 菊田 真一(きくだ しんいち)18歳。男性。高校生。
 輪宝 タミア(りんぽう たみあ)60歳。女性。元警察官。
 佐茂 敦(さも あつし)33歳。男性。フリーライター。
 名前が連なったメモには自分の名が最後に書かれていた。ここにいる九人は、謎の富豪、菜園富 剛(なぞのふ ごう)に招待されこの屋敷に集まった。……という設定だ。
 元々、この9人は招待制グループチャットでハンドルネーム『ふごう』の呼びかけに応えた人達だ。この企画を前提につけたハンドルネームなのかは僕は知らない。彼がグループチャットに招待されたのは半年ほど前だった。あの書き込みを見てからすぐにログを確認したから間違いはない。
 このグループチャットは、ミステリー・サスペンス好きの為の語らいの場だった。ミステリー・サスペンス物というのはネタバレが特に厳禁扱いされている。ネット上で気軽に感想を言い合うというのは半ばご法度と言ってもいい。他のジャンルに比べてオチの衝撃を競い合うようなジャンルである。その衝撃を安易に知られては作者も嬉しくないだろう。まあ、オチを何も知らずに読んで衝撃を受けてほしいと思うのは作者だけでなくファンも概ねそうなのだ。だがしかし、あの衝撃については語り合いたい。そう考える人達が集まってできたのが、例のグループチャットなのである。需要があるおかげか、参加者は100を超えており、連日入り浸るような人もいるほどだ。
 そこで先日、『ふごう』が雑談ルームで呼びかけた。
「謎の富豪に招待され、屋敷に訪れた先で、惨劇が起こるとしたら……参加したい奇特な者はいるだろうか」
 と。
 すぐに食いつく者。質問を幾つも書き込む者。冷やかす者。反応は様々だ。僕は、様子を見る者だった。
 そもそも、惨劇とは何なのか? 最近よくある実際に体験する形の脱出ゲームだろうか? それとも、その設定だけで雰囲気を楽しむイベントなのか?
 だが、『ふごう』は質問の山に答えることはなかった。
「好奇心は猫をも殺すという。だがそれでも、好奇心が抑えきれない者は私にメールを送って欲しい」
 最後にその書き込みだけ残すと『ふごう』はグループチャットから退会した。
 この『ふごう』の書き込みについて、気にならないような人間はこのグループチャットにはいないだろう。
 もちろん僕も気になっていた。だからメールを出したんだ。あの『好奇心は猫をも殺す』の書き込みの直後に。
 『ふごう』とは一度、メールのやりとりをした。本名と住所、年齢、職業を聞かれた。招待状を送るためだと言っていた。そして、実際に手紙が来たのだ。その手紙には合言葉『神は好奇心のために地獄を作った』をメールで送るように書かれていた。
 僕はなるほど。と思った。これはきっと冷やかしを排除するためのものだろう。もし、本名も住所も嘘であれば手紙は届かない。届かなければ合言葉のメールを送りようがない。ということだ。
 合言葉を記載してメールを送った数日後。今度は綺麗な封筒に入った招待状がポストに入っていた。中にはもうすぐ余命幾ばくか分からぬ資産家の菜園富 剛が遺産を分け与えるべくゲームを行う。そのゲームの招待状であり、この招待状を持って指定の場所に来るように。ということと、宿泊期間が四泊五日であること。指定の場所は横浜の山下公園、観光バス駐車場。日付はGW始まりの五月三日、十三時。あと一つ、グループチャットのハンドルネームは決して名乗らないこと。との注意も書かれていた。
 当日、着替えの入ったリュックサックを背に山下公園に向かった。そこには『菜園富ミステリーツアーご一行様』と書かれたプレートを持ったバスガイドが立っていた。そして彼女の後ろには窓にカーテンの敷かれたマイクロバスが一台。近づいていきバスガイドに招待状をみせる。
「佐茂様ですね。お待ちしておりました」
 名簿をチェックし、バスの入口にかけられていた座席表を指さしながら指定の席に座るようにと丁寧にバスガイドは案内してくれる。
 言われるまま乗り込むと既に四人、バスの中には先客がいた。席はそれぞれ離れている。あまり話すなということなのだろうか。もしくは、初対面同士であろう僕らに気を使ってくれていると見るべきか。
 その後しばらくして四人、計九人が乗り込むとバスガイドが乗り込み、運転手がエンジンをかける。
 バスガイドはバスに乗る際の注意事項と(よくあるシートベルトをしめるようにいうやつだ)、行き先がつくまでわからないミステリーツアーであるため、カーテンは開けないように、と話す。
 多分、行く先は定番的に人里離れた山奥の別荘。とかだろうか。謎の富豪に招待され、場所もわからないところへ連れて行かれる。まさしくミステリー小説の世界の冒頭のようで年甲斐もなくわくわくとしていた。
 その時は頭の中で、このくらいの時間なら山梨だろう。とか、カーテンの向こうをこっそり覗いて高速を通っているな、と観察したり、ミステリー小説なら、到着時刻で場所が割れないように遠回りしたりするんだよな。と考えて早くもこのツアーを楽しんでいた。
 そして三時間後。連れてこられたのは、森の中の駐車場。そこにはタクシーが三台。ここからは乗り換えて進むらしい。バスで通れない道を行くのだろう。案の定、狭い山道をぐるぐる周り、ようやく僕たち九人は鬱蒼と茂る森の奥深く、貫禄のあるヨーロピアン風の豪邸の前へ連れてこられたのだ。
 タクシーが去っていく。スマフォを確認するが電波は一本も入っていない。時刻は十六時二十五分だった。時刻と電波を確認し、豪邸のドアへ向き直る。その瞬間、ドアが一人で開いた。まるで、到着したことを見られてるようなタイミングだった。
「へぇ、面白いじゃん」
「演出としては悪くないね」
 それぞれが思ったことを零す。そして、誰がともなくドアを通り抜けていく。僕ももちろんすぐ後に続いた。
 出迎える執事、というものは無かった。だが、豪邸へ最後の一人が足を踏み入れると、どこからかボイスチェンジャーで作られた声が歓迎を告げる。
『ようこそ。我が別荘へ。迎えもなく申し訳なく思うが、ゲームの性質上仕方ないことだと理解してもらいたい。今後に必要なことはダイニングルームのテーブルの上においた。ぜひ、楽しんでくれたまえ』 
 ブツリ、と、音声が切れる。豪邸の主人は姿を現さない。とは先程に続き粋な演出だ。
 ダイニングルームとはどこだろうか。玄関は九人で入ってもまだ余裕があるほどに広い。右手に靴棚があり、スリッパが並べられている。外見とは違い日本らしく靴を脱いで上がるようだ。玄関の先は観音開きのドアが鎮座している。
 振り返り玄関の上を見上げると、非常口についているような機器が取り付けられている。多分、これが自動ドアの正体だろう。
 などと、考えている間に先頭に立っていた誰かが玄関を上がって観音扉を開いたようだった。
 扉の先は広いリビングだった。赤い絨毯が広々と敷かれ、その上にはソファが三対コの字に置かれている。真ん中のソファの向かいには大きなテレビ。リビングの向かって右側には長テーブルに椅子が幾つも並べられ、その上には何かが丁寧におかれている。
 きっと、あそこがダイニングルームであり、置かれているのが”今後に必要なこと”なのだろう。
 誰もが示し合わすようにダイニングへと足を運んでいく。近づくにつれ、置かれているうちの一つは名札だということがわかった。
 それぞれが自然と自分の名前が書かれている場所に座る。各席にはA4サイズの封筒が置かれていた。
 全員が互いを盗み見る。誰かが開け始めるとほぼ一斉にみな封筒に手を付けた。もちろん僕もだ。
 封筒には何枚もの紙が入っているようだった。まず目に入った名前が連なったメモには自分の名が最後に書かれていた。
 他の紙は見取り図。指示書の二枚。見取り図には部屋割りもしっかりと書かれている。どうやら僕の部屋は一階のようだ。
 指示書には、『一、まずは自己紹介を。ハンドルネームはゲームに支障を来すため、決して名乗らないこと』と書かれていた。
「みなさん、ちょっとよろしいですか? 指示書にまずは自己紹介を。と書いてありますし、ついのついまで話す機会もありませんでしたし、やってはみませんか?」
 若い女性が注目をあつめるように手を上げて提案してきた。みながほぼ一斉に頷く。
「いいですね。せっかくですし、この紙に書いてある順に自己紹介すればわかりやすいんじゃないですか?」
「でしたら私からですね」
 僕と歳の近そうな男性の言葉にふくよかな中年女性がおっとりとした声で答える。つまり、彼女が池之川 君江氏ということだろう。
案の定、彼女は池之川 君江と名乗った。今日をとても楽しみにしてきたというが、ここにいる全員、気持ちは同じだろう。
 次に、細長い体に丸い眼鏡をかけた大学生、芦間 源二が自己紹介をした。勉学に励んでいそうな見た目をしている。
 次も大学生だが、こちらは髪を茶色に染め、まだ幼さの残る面。赤秀 樹は芦間 源二と正反対の印象だ。赤秀 樹はビィチューバーなるウェブ動画配信を行っていると話た。今回の企画も事前に『ふごう』に許可を得て撮影しているという。全員に顔出しの可否を聞いたり、池之川が彼のチャンネルを知っている、としばし話が盛り上がった。どうやら心霊関係の動画配信者らしいが、残念ながら僕は疎いジャンルであったため大人しく口を閉ざしていた。
 お次は先程の若い女性。詩丘 蘭だ。私立探偵とのことだが、この若さでよくその道に入っていったものだと感心する。見目はこの中で一番美しいと言ってもいいだろう。黒く長い髪を後ろで結き、キリッと整った顔で睨まれれば肝が縮みそうだ。
 次の稔代 瞬は優しげな目をした気弱そうな青年だ。料理人である彼が、ここでの食事を作ってくれるらしい。『ふごう』とそういう契約を結んで給料も振り込んでくれる約束になっていると話してくれた。
 三堂 司はウェブからデビューしたラノベ作家だそうだ。作品名を聞いてもわからなかったが今度アニメ化するらしい。稔代 瞬と同じ歳らしいが鍛えられた体からもう少し若く見える。作家とは思えない健康的な肉体だ。
 菊田 真一はこの中で唯一の未成年だ。が、冴えないボサボサの鬱陶しい髪。前髪で目が隠れ見えてるのかも怪しい。それにボソボソと聞き取りにくい小さな声で話す。
 最年長である輪宝 タミアは交じる白髪を紫色に染めた上品な貴婦人だった。やはり年長だけありとても落ち着いている。
 最後に僕、佐茂 敦が自己紹介をした。中年らしい出っ張った腹が恥ずかしいが、特に記述することのないごくごく平凡な人間だ。そんな僕が最後というのは閉まらない感じもする。
「これで指示書の一は終わりだね」
「そうですね。次は二ですが……」
 三堂と詩丘が取り仕切り、全員が指示書に視線を落とす。
 『二、稔代 瞬以外は午後七時まで自由時間とする。午後七時より夕食のためダイニングルームに集合のこと』と書かれていた。それ以降は白紙であり、三は存在しない。
「あ、これ僕だけ内容が違いますね。『二、全員分の食事を午後七時までに用意すること』って書かれてますし」
 稔代が自分の紙を見せながら説明する。彼は料理人として雇われていると言っていたしな。最初のメールで『ふごう』が職業まで聞いてきたのは、このためなのかもしれない。
 三堂が眉尻を下げて稔代の方を向く。
「悪いね、稔代くん。食事の準備を一人でさせてしまうみたいで」
「いえいえ、給料も出ますから仕事ですし、頑張らせてもらいますよ。まあ、今日は手の込んだものは難しいかもしれませんが」
 三堂は気が利く男のようだ。
「もし一人で大変なようだったらお手伝いしますからぁ、気軽に声かけてくださいねぇ?」
 池之川も稔代に助力を申し出る。稔代は礼を言い、どうしても無理そうなら頼む旨を答えていた。
「では、食事の件は稔代さんにお任せするとして、私たちは部屋に荷物を運びませんか?」
 詩丘の提案にそれぞれが頷く。部屋割りは見取り図を見れば全員わかる。早々に菊田が席を立ち、さっさと自分の荷物を持って廊下に向かう。
 僕も立ち上がり輪宝の隣に寄った。
「輪宝さん、よろしければお荷物お持ちしましょうか? 部屋は向かいのようですし」
「あら、紳士的ね。ではお言葉に甘えて、お願いしましょう」
 輪宝が上品に笑ってみせる。少しは気の利くところも見せておきたかったのだ。なにせこれから五日間一緒に過ごすわけだし、印象が良いに越したことはない。
「じゃあ、俺は君江さんの荷物運びましょーか!」
「えー、いいのかしらぁ?」
「ぜーんんぜん! 俺も君江さんも二階だし、エレベーターもないみたいだからまっかせてよ」
 赤秀が池之川の荷物を持つと明るく申し出ると芦間が焦ったように詩丘を見る。
「私はいいです。一階ですし、鍛えてますから気にしないでください。気持ちは嬉しいですよ」
 芦間がなにか言う前に詩丘が丁寧に断る。芦間はホッとしたような様子をみせていた。
 そこまでしか僕は見ていない。何せ輪宝の荷物を持ち部屋へと向かっていたからだ。
 ダイニングからリビングに抜けていく。リビングがそれなりに広いので重い荷物二つはなかなか大変だ。二つともキャリーケースだから転がせば楽なのだろうが、リビングに高級そうな絨毯が敷かれているのを見ると、転がすのが悪い気がするのだ。
「輪宝さん。輪宝さんは今回どうして参加されたんです?」
 歩きながら横の輪宝に話題をふる。流石に無言というのは居心地が悪い。
「あら、大した理由はありませんよ。単純に面白そうだから参加したんです。こんな年寄がいるなんて思わなかったかしら?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。輪宝さんくらいの歳の方のほうがミステリー物に触れる機会多かったんじゃありませんか? 僕の母も同じくらいの歳なんですがね、母の本棚はミステリー小説ばっかりでしたよ」
「佐茂さんのお母様とは気が合いそうですね。私も本棚がミステリー小説で埋まっていますから」
 歳の近い人間の話故に、輪宝は楽しそうに返してくれる。よかった。他に共通の話題が思い浮かばないところだったから。
「いいですよね、ミステリー小説ばかりの本棚。僕もやりたいんですが、どうにも今の家は狭くて本棚の置くスペースがなく電子書籍ばかり利用してしまいますよ」
「あら、私も最近は電子書籍でばかり本を買っていますよ。今の本棚はこれ以上入らない。けれど、捨てられないものばかりなもので」
 本棚に本が入り切らない、というのは本好きあるあるだな、と思う。そんな短い雑談の間に、僕と輪宝の部屋の前まで来た。
「あ、つきましたね。では、先に輪宝さんのお部屋に荷物を運び挿れましょうか」
「悪いわね。頼みます」
 そう言って輪宝が自分の部屋のドアを開け、中に入っていく。
 中は広く、ベッドが二つある。ごく一般的なホテルの洋室のような作りだ。
「まあ、一人部屋とは思えないほど贅沢ね」
 輪宝の言葉にごく自然に頷いてしまう。いったい『ふごう』とは何者なのだろうか。これほどの物を用意できるということは実際に金持ちなのだろう。
「キャリーケース、ここに置きますね」
「えぇ。本当にありがとう」
 お礼に頭を下げてから、僕は輪宝の部屋を後にする。例え母と同じくらいとはいえ、異性の部屋に長居するのはよくないだろう。
 廊下に置きっぱなしにしていた自分のキャリーケースを持ち上げ、輪宝の向かいの部屋へと入る。作りは輪宝の部屋とほぼ同じだった。一つ違うところがあるとすれば、窓の右手。つまりリビングなどがあった方にドアが一つあることだ。ホテルなどで2部屋が続き部屋になっていることがあるが、そんな感じのドアだった。試しに開けようとドアノブをひねる。だが、鍵がかかっているらしく、ガチャガチャと音がしただけで終わった。
 そういえば、部屋のドアにも鍵穴が空いていたな。部屋の鍵は封筒に入っていなかった。と、部屋を探すように一巡する。テーブルの上にアクリル角棒のキーホルダーがついた鍵が一つ置かれていた。角棒には『佐茂 敦』と僕の名前が刻まれている。そして、アルファベットの「CH」の文字と黒猫、と思わしきイラストが入っていた。だが、猫の割に尻尾が多い。九つある尾。猫ではなく九尾の狐かなにかだろうか? と考え、やはり猫なのだろう。と思う。『ふごう』は「好奇心は猫をも殺す」と書き込んでいた。これはイギリスのことわざ「Curiosity killed the cat」の日本語訳で、一般人が聞いたら何のことだかわからないだろう。だが、イギリスには「Cat has nine lives(猫に九生あり)」という言葉もあり、なかなか死なない猫さえ好奇心を持ちすぎると死ぬから気をつけること、という教訓的な名言が生まれたのだ。つまり、猫の命は九。アクリル角棒に描かれている絵は尻尾を猫の命に例えたデザインなのだろう。後、アルファベットは部屋の番号かなにかなのだろうか? よくわからない。こんなのは見たことがないし、わざわざ今回のために作られたのは一目瞭然だ。
 鍵を手に取り、先程のドアの鍵穴に差し込んで見る。入ったものの左右どちらにも回すことができなかった。
「んー、ドアの向こうが気になるな」
 独り言ちて思案する。封筒から見取り図を出してみると、配置的には『主人の部屋』。つまり、『ふごう』の部屋、ということになるだろうか。
「…………」
 気になるとどうしようもない。頭の奥から追い出そうとしても、余計にどんどん大きくなっていく。幸い、夜の七時までは自由時間だ。屋敷の中を探索してても咎めるような人はいないだろう。むしろ、すでに探索を始めてそうな人もいそうだ。
 僕は好奇心を抑えられず、部屋を後にした。
 結局、なんの収穫もないまま、午後七時を迎えた。
 『主人の部屋』は鏡開きの大きなドアがリビングに面した側にあったが、鍵がしっかりかかっていた。室内に窓はなく、『主人の部屋』の隣はトイレになっている。そのトイレには『主人の部屋』の側にもドアがついており、廊下と『主人の部屋』両方から入れるようになっていた。残念ながら、トイレの『主人の部屋』のドアも鍵がかかっていて『主人の部屋』にはいることは叶わなかった。ならば、と外へでて屋敷を回り込み窓から覗いてみようとしたがカーテンがきっちりと閉められており、無駄足となった。
 途中、三堂や赤秀と遭遇して軽い世間話をしたり、キッチンの裏口を開いて驚かせてしまった稔代と夕食のメニューの話をしたりしたため、二時間はあっという間に溶けた。
 『ふごう』がミステリー好きならば隠し扉の一つくらいあるかもしれない。今度はその路線で探してみるのもいいかもしれないな。と考えながらダイニングに足を踏み入れる。既に僕以外の全員が揃っていた。テーブルには小さめの器に盛られたサラダ。黄色いポタージュスープ。平皿に盛られたライス。そしてまだ熱い鉄板に乗ったステーキとコーンにスナップエンドウ。フォークとナイフ、スプーンにナプキン、水の入ったグラスと空のグラスが各席に既に準備されていた。そしてテーブル中央にはワインが三本と水差しが二つ。
「いやぁ、すごいですね。美味しそうです」
 席に付きながら稔代に賞賛を送る。と彼は恥ずかしげに頬をかいた。
「いえ、仕込みが簡単なものだけになってしまって恐縮です。本当はコースのように順番に出せれば冷めないんですけど、食事の際は生きている者みなで食卓を囲むよう指示書があったもので」
「へー、指示書があったんです?」
 我々の会話に興味を示したのか赤秀が割って入ってくる。
「はい、丁寧にキッチンのわかり易い場所に張ってありました」
「ということは、指示書はこれからも増える可能性がありますね」
 三堂も興味深げに混じってくる。
「あのー、話が気になるのもわかりますけどぉ、冷めちゃうと悪いですし食べませんかぁ?」
 池之川に視線が集まる。彼女は料理を見ながらニコニコとしていた。
「でしたら、先にワインを注ぎますよ。赤ワイン二本にぶどうジュースが一つ、出すように書いてありましたから」
 といいながら稔代が立ち上がりワインを手に取る。なるほど、一本はワインでなくぶどうジュースだったわけか。ワインを望む人たちのグラスに稔代が注いで回る。その後にぶどうジュースを望む人たちの間を回っていた。結局、ぶどうジュースにしたのは未成年の菊田。それと詩丘と芦間だった。
「ゲンジは飲まないのー?」
「俺は下戸でして。チョコレートボンボンですら酔ってしまったことがあるんで……」
 歳の近い赤秀が切り込むと、芦間は気恥ずかしそうに答えた。大学生で飲み会とかは大丈夫かと思ったが、昨今の若い人たちは飲みニケーションを好まないとも聞くし、平気なのかもしれない。
「詩丘さんもお酒、苦手なんですかぁ?」
「いえ、少しは飲めますけど……これからまだなにかあるかもしれないので、お酒を飲んで判断を鈍らせたくないんです。だって、素敵な催しなのに酔っ払ってたらもったいないでしょう?」
 なるほど。それは一理ある。たしかにこの後のことは指示書に何もなかった。そして、何もない。ということはないだろう。きっと『ふごう』はなにか用意しているはずだ。そこまで考えが及ぶとは流石私立探偵だけはある、のかもしれない。
「あー、ランさんの言うこともたしかにー。飲まないほうがいいのかなぁ?」
「たしかに、このお酒の時点で駆け引きという可能性も考えられますね」
「だとしてもせっかくご用意してくださったんですもの。お酒に強いものが前後不覚にならない程度に楽しめばいいではありませんか」
 赤秀と三堂が詩丘の言葉に感化されたところで、輪宝が全員が納得できそうな道を指し示す。
「輪宝さんの言うとおりですよぉ。せっかくですから乾杯しましょー」
 池之川が輪宝の言葉に賛同を示し、グラスを掲げてみせる。それに三堂が続いて「乾杯」と一声かけると、菊田以外はカチン、とグラスを合わせあった。
 その後はみなそれぞれ好きな料理に手を伸ばす。その様子を見た稔代がが料理の説明をしてくれた。スープはコーンポタージュではなくカボチャのスープだったようだ。
 食事が始まり、わいわいと料理への称賛が溢れる。確かに美味い。スープも優しい甘さで舌触りがよく、すっと喉を通っていく。サラダもナッツ類? が入っているのか香ばしさを感じた。ステーキはミディアムでいい感じに火が通っていて、口の中でとろけるような柔らかさだ。何よりワインに合う。
 食事の話が一段落すると自然となぜここに来たのか、という話になった。グループチャットでは話したことがある相手かもしれないが、ハンドルネームを明かせない以上、初対面同士でしかない。であれば、最初に口に出る話題は自ずと限られるわけだ。
 だが、やはりというか分かりきっていたことというか、みな一様に興味を持ったから、面白そうだったから、という好奇心を刺激されて参加を決めた者ばかりだった。私立探偵の詩丘や元警察官の輪宝がもしかしたら、と思ったが、特に関係はなかった。
『ごきげんよう、諸君』
 途中で、例のボイスチェンジャーの声が流れてきた。一斉に口を閉ざし、耳をそばだてる。
『最初の晩餐は楽しんでくれているだろうか。稔代くんは準備のほど、ご苦労だったね』
 どこから聞こえているのか、声の方向を探ると天井から聞こえているようだ。見上げてみても、どこにスピーカーがあるかは判然としない。
『晩餐を楽しみながら聴いてほしい。お待たせした。楽しいゲームの始まりだ』
 その言葉の後にいきなり電気が消える。そして壁に何やら文字が映し出された。
『一つ目。好奇心、赴くままに禁忌の間。入るべからず、忠告を。無視して一足踏み入れて。主神(かんざね) の怒り一振り脳天に、くらいて命、朽ち果てる。
二つ目。好奇心、赴くままに常闇の。人たるならば、食べてはならぬ、忠告を。無視して擬餌にかぶりつき、黄泉に縛られ命散る。
詩残り(殺害方法決めてからかく)』
 それは歌詞のようだった。
『この詩には秘密がある。その秘密を解き明かし、答えを見つけたものに私の全財産を譲る。では、健闘を祈っているよ』
 電気が付き、詩が消えた。全員身動きせず、空気はしん、と静まり返っている。
「あー、詩、全然覚えきれなかったー」
 唐突に池之川が気の抜けた声を発した。そこからすぐに空気が和らぐ。
「今のはきっと、プロジェクターじゃないかな。ほら、天井についてる、あれ!」
 赤秀が指差す方向に全員の視線が向いた。多分、あの音声もそのプロジェクターから聞こえてきていたのだろう。
「電気もきっと、何か自動装置みたいのを使ったんだろうね」
「今はスマフォにアプリを入れれば、タップ一つで電気も操れますからね」
 三堂の言葉に詩丘が賛同する。
「まあ、種明かしに夢中になる気持ちもよくわかりますが、そろそろデザートをお出ししてもよろしいですか?」
 稔代がタイミングを見計らって全員に問いかけた。途端に池之川と赤秀の顔が輝く。
「あら~、デザートもあるの? うれしいわぁ」
「俺も~! 甘いの大好き~!」
 喜ぶ二人に嬉しそうな笑みを浮かべながら稔代はデザートを用意するべくダイニングを後にした。
「しかしさっきの詩は随分と不気味なものでしたね」
「やたら命を落とす、みたいなニュアンスばかりでしたね」
「これってさ! この後、見立て殺人が起きたりするやつですよ!」
 三堂、詩丘が真面目に詩について話している中、赤秀がワクワクと弾んだ声で乱入する。確かに、詩や歌、その地に根付く伝説なんかはミステリー小説では見立て殺人に使われることが多い。
「好奇心、って毎節でてきてましたね。なにか深い意味がある、と思うんですが」
「好奇心は猫をも殺す。そこからきてるのじゃないかしら」
 芦間の考察に輪宝が頷きながら自分の考えを口にする。僕も同じ考えで思わず頷いた。そういえば……。
「猫といえば、ルームキーにも描かれてますよね。よっぽど『ふごう』はあのことわざが好きなようで」
「あぁ、あれ、かわいいですよね~」
「でも何故か尻尾が三本で、そのことわざには結びつきませんでしたよ」
「三本?」
 僕の言葉に池之川と三堂が頷くが、三堂の言葉が引っかかり、自分のルームキーを急いで取り出した。そう、ルームキーの猫の尾は九つだ。
「どうしました、佐茂くんに詩丘さんも」
 僕と同じ行動を詩丘もしていたようだ。三堂が不思議そうな顔をしている。
「いえ、私の鍵には二又の猫が描かれていたので」
「僕は九つです」
「もしかして、全員尻尾の数が違うってことですか?」
 ざわざわと他のメンツも自分の鍵を確認し出す。そう、全員のルームキーの猫は尻尾の数が違っていた。
「一旦、みなさんの鍵をテーブルに揃えましょうか」
 三堂の提案にバラバラとテーブルへ鍵が置かれていく。するともう一つ違うものがあった。
「あら、尻尾の数だけではなく、アルファベットも違うようですね」
 一番にそれを口にしたのは輪宝だった。そう、記載されているアルファベットも違うのだ。つまり、これは何かの暗号。ということになるだろう。でなければわざわざ何箇所も違う場所を作る必要はない。正直、誰の鍵か判別するなら名前だけで済むことだ。
(アルファベットが決まってから記載。アルファベットを並び替えてみたり、詩と照らし合わせてみるものの誰も糸口がつかめずに終わる)
 
 デザートも食べ終え、各々がこれからどうするか、という話になった。
 ふごうから、僕らに課せられたものは例の詩の謎を解くこと。
 だが先程語り合った結果を見ても特に進展は望めそうにない。
 せっかく用意してもらったミステリー的な環境だ。初日はそれぞれで詩の内容を吟味し動こう、ということになった。
 僕は一人、自分の部屋に戻った。詩の謎とやらはさっぱりわからなかった。ミステリー小説では、こういう場合、詩だけじゃなくて別の何かキーワードがあって初めて解けるものであることが多い。主人公がたどり着いたり偶然見つけたりするものだ。
 だからきっと、今考えても解けない可能性のが高いだろう。
 それより……。
 部屋の中に佇む扉に視線を向ける。例えば、別のキーワードになり得る何かがあるとして、それはどこにあるのか。
 『主人の部屋』。
 どう考えても怪しい。と、誰もが口を揃えて言うはずだ。
 他の部屋は、大体見て回れるのに唯一閉ざされた部屋。そして、その部屋への別口の入り口がここにある。
 随分と意図的に作られた状況ではないだろうか?
 つまり、このドアから『主人の部屋』に行くことができるのではないか。
 そう考えざるを得ない。
 最初の晩餐が終わった。謎の詩、というイベントも終わった。だから、もしかして……。
 だが、ドアノブはやはりガチャガチャと音を立てるだけで開くことはなかった。
 そんな都合良くはいかないか。残念だな。と思いつつドアに背を向けてベッドに目を向ける。
 もういっそ寝てしまおうか。明日になるか、もしくは夜中に、なにかイベントが始まるかもしれない。それまで休憩しててもいいよな。
 と、考えているとノックの音がした。音の方向が予想外の方で体が固まる。
 そしてまた、ノックがされた。あの『主人の部屋』から。
 私の名前は三堂司。今年で36歳。と言ってももう誕生日は過ぎている。
 ラノベ作家だが好奇心が強すぎて、遊び回っている時間の方が遥かに長い。それに好奇心を満たすのに行動するには体力が必要で、自然と体も丈夫になった。
 デスクワークに付いてる割には健康的だと自分でも思う。
 さて、そんな私だが、書いているのはラノベでも好きな小説はミステリー・サスペンスだ。
 読むのと書けるものは違う、とよく言われるが全くその通り。一度挑戦しようと思ったもののトリックが思いつかず挫折した苦い経験がある。
 だが、そんな私に転機が訪れた。トリック原案付きでミステリー小説を書いてみないか。という仕事が舞い込んできたんだ。もちろん二つ返事で了承したよ。
 それと同時に、こっそり参加していたミステリーSNSでも面白い書き込みを見つけたんだ。
 『ふごう』と名乗る人間の書き込み。
「謎の富豪に招待され、屋敷に訪れた先で、惨劇が起こるとしたら……参加したい奇特な者はいるだろうか」
 これはチャンスだと思った。誰かが作った企画でも、体験してみればよりリアリティがある小説が書けるんじゃないか、と。
 だから私はすぐに『ふごう』に連絡を入れた。
 そうして無事に『ふごう』が立てた企画に参加して今日で二日目になる。
 昨日は屋敷にバスとタクシーでたどり着き、夕食時に謎の詩が公開された。
 そして、夜は泥のように眠り、朝、サンサンと太陽の光が差し込む部屋で目を覚ましたんだ。
 若干、こめかみの辺りに鈍痛を感じる気がする。
 これがミステリー小説なら、昨夜の料理に睡眠薬が混じっていて、とかなのだろうけれど。
 まあ、確実に違うだろうな。昨日飲んだお酒による二日酔い、というやつなのは自分でよくわかっている。
「さて」
 肺の中の空気を全部吐き出すように呟いて、私はベッドから這い出した。
 時計を確認すると朝の七時。朝食の時間は決まっていなかったはずだ。だが、ホテルとかだともう少し早いか、これくらいの時間に朝食が始まる。
 だから私はダイニングに行ってみることにした。
 ダイニングにたどり着くと既に池之川さんと詩丘さんが朝食を取っているところだった。
「おはようございます。お二人共早いですね」
「あ、おはようございます~、三堂さん。どうしてもいつもの癖で六時に起きちゃって~」
「おはようございます。然程早いという時間でもありませんよ」
 二人は口々に挨拶を返してくれる。正反対のような二人の女性だが、特に問題なく二人で会話をしていたようだった。
「三堂さん、おはようございます。朝食、パンとごはん、どちらがいいですか?」
 私達の挨拶の声が厨房まで届いたのか稔代くんが顔をだす。私は稔代くんにパンと珈琲を頼んで女性二人の近くに腰を下ろした。
「どうです、お二人共、昨日はよく寝れましたか?」
「えぇ~、興奮して寝れなくて~、持ってきたミステリー小説読んでました~」
「私は、不思議なくらい眠気がきてすぐ眠ってしまいました。もっと屋敷の中を探索したり、詩について考えたかったのですけどね」
 池之川さんは寝付けず、詩丘さんは私と同じで睡魔に負けた、ということらしい。全員がすぐに眠くなっていたら睡眠薬説も浮上して面白かったのに、と残念に思う。
 そんな風に他愛なく二人と話していると稔代くんがロールパン二つにレタスとキュウリ、ミニトマトのサラダ。みじん切りの野菜が入ったミネストローネを準備してくれた。そして最後に置かれた珈琲がいい匂いを漂わせている。
「ありがとう、稔代くん」
「おっはよー、ごっざいまーす!」
「おはようございます」
 稔代くんにお礼を言った直後、元気に赤秀くんが。赤秀くんの後ろから芦間くんがダイニングに姿を現した。
 リビングにいる全員がそれぞれ挨拶を返す。我々はミステリー好きの同士だということだけは分かりきっているので、ギスギスしたような空気はなく、ほとんどがフレンドリーに接し合っている。
 わいわいと話をしながら朝食をいただいた。先に詩丘さんが屋敷の中を探索してくる、と先に離席し、私が食べ終わる頃に菊田くんがひっそりとダイニングに入ってきた。多分、八時頃だったと思う。
「あの、三堂さん。悪いんですが佐茂さんを起こしてきてもらってもいいですか? 後は佐茂さんで朝食が終わりなので」
「あぁ、いいよ。ちょうど珈琲も飲み終わったところだしね」
 稔代くんの申し出に軽く頷いて引き受ける。佐茂くんは昨日興奮して寝付けなかったタイプかな。
 などと考えつつダイニングを通り佐茂くんの部屋の前まできた。
 トントン。
 軽くノックをしてみる。一分ほど待ってみるも応答はない。これは相当ぐっすり寝込んでいるのかな。
 トントントンッ!
 今度は少し強く叩いてみた。けれどもやっぱり反応はない。
「佐茂くーん。朝ですよ! 起きてくださいっ!」
 大きな声と、ドンドンッ! とかなり強めにドアを叩いた。しかし、どれだけ待っても何の反応も返ってこない。
 これはもしや……。ふとミステリー小説によくある中で殺されている場面が脳内を掠める。そういうイベント、ということだろうか?
 ドキドキと鼓動が激しくなる。何か起こるかもしれない。その瞬間に立ちあっていることに興奮している。私はほぼほぼ無意識にドアノブを回していた。
 ガチャリッ。
 ドアが開く。
 まさか、鍵が開いているなんて。ということは……。
 手に汗を掻きながら、サッとドアを押した。その先には…………何もなかった。
 いや、正確には誰もいなかった。佐茂くんのものと思われるキャリーケースが開かれ、昨日来ていた服の一部が椅子にかけられている。
 だが、佐茂くんの姿はどこにもなかった。
「どうかなさいましたの?」
 後ろからかけられた声にハッとする。振り返ると輪宝さんが自分の部屋から顔を覗かせていた。
「いえ、実は佐茂くんを起こしにきたのですが……」
「いらっしゃらないようですね」
 私が稔代くんの部屋のドアを支えたまま輪宝さんに見えるように横に避けると意図を察した言葉を返してくれる。
「えぇ。朝食もまだ食べていないそうですし、どこへ行ったのかな」
「もしかして、何か『ふごう』さんがしたのでしょうか?」
「かもしれませんね。あの詩で終わりということもないでしょうし。私は一度ダイニングに戻ります。私と輪宝さん。詩丘さん以外の皆さんは今、ダイニングにいますし、イベントだとしたら伝えるべきでしょう?」
「でしたら、私は詩丘さんを探してダイニングに連れて行きますよ」
「いいんですか?」
「えぇ、せっかく用意して頂いたイベントなら全員で楽しんだほうがよいでしょうからね」
 お互いに頷き合う。ワクワクと胸が踊るのを抑え、私はダイニングに急いだ。
 ダイニングに戻り、ことと次第を説明すると全員の目の色が変わった。
 赤秀くんがすぐに探しに行こう! とビデオカメラを構えて飛び出しそうになったところを腕を捕まえて抑える。
「屋敷の中といってもそれなりに広い。二人一組ぐらいに分かれて探す場所を決めた方が効率がいいよ」
「屋敷の中だけ、とも限りませんしね。外を探す組も作ったほうが良いと思います」
 私の提案に芦間くんが更に提案を被せてくれる。いい案だ、と頷いてみせ、それぞれ二人一組で屋敷内と外を探すことにした。
 屋敷の外を芦間くんと赤秀くんが。池之川さんと稔代くんが客室がある棟を。菊田くんはいつの間にか姿を消していたので、残った私が詩丘さんと輪宝さんを待ちつつ、来たら三人でダイニングやリビングあるこちらの棟を探すことになった。
 四人がダイニングを後にして、しばらくすると詩丘さんと輪宝さんがダイニングに姿を現した。
 ざっと二人に説明する。
 まずは近いキッチン、ダイニング、浴場を探すことにした。キッチンとダイニングはいないであろうことは分かりきっているので、さっと覗くだけにし、浴場へと足を向ける。
 電気が消えておりつけてみるが、特に何も見つけられなかった。広めの脱衣所に、小さめの銭湯並の浴室。濡れている様子はない。特に湯が張っているわけでも無かったため、昨日は誰も使わなかったようだ。
「使って良いのなら今日から使いたいものですね」
 輪宝さんが呟くと賛同を示して詩丘さんが頷く。
「でしたら、後で話し合って、使う時間を決めたほうがいいかもしれません。鉢合わせても困るでしょうし」
「えぇ、三堂さんのいうとおりだわ」
 女性二人が頷くので、このイベントが終わった昼食のときにでも浴場の件は話し合おうと頭の片隅で思う。
 結局、浴場には何もなく、ダイニングに移動してきた。玄関も一応覗くが変なものは何もない。もちろんトイレも確認した。もし佐茂くんがトイレにこもっていたら、この騒動で可哀想な思いをするだろうな、などと考えたが杞憂に終わった。
 この棟で探していない残る場所は……『主の部屋』だけ。
「でもこの部屋、鍵がかかっていますわよね」
「はい。昨日、確認したときは、このダイニングの扉も、さっき確認したトイレからの扉も開きませんでした」
 輪宝の問いかけに詩丘が的確に唱える。
 そういえば先程のトイレは『主の部屋』の隣にあったな。入ったドアの他に『主人の部屋』の方の壁にドアが確かにあった。さすがは私立探偵だけあって、細かいところもよくチェックしてるんだなぁ。と感心していると、詩丘さんは『主人の部屋』の両開きの扉の片方のドアノブを捻る。
 ギギギッ。
 軋んだ音を上げて、扉はゆっくりと奥へ開いていく。ドアノブを握っていた詩丘さんがこちらを振り返った。
「開けましょう。鍵が開いているということは、この部屋に入るタイミングなんだと思います」
「そうですね。きっとこの先になにかあるに違いありません」
 一つ頷きを返して詩丘さんがドアを思いっきり開けた。その先には広い広い部屋が一つ。他の客室と比べ、明るい色の壁紙が使われ、床も白い板でできている。一番奥の窓辺に大きなベッド。その上に、ぐったりと横たわる……人影があった。
 急いで近づくと、その人影はただの人形であることがわかった。
 だが、人形の頭が乗っているシーツは赤い何かで染まっている。ツンッ、と鉄臭い匂いから血を連想させられた。
「なるほど。惨劇というのは、こういうことだったんですね」
 隣で人形を覗き込みながら詩丘さんが呟く。三人とも人形に触ることはなかった。よくミステリー小説なんかでは急いで死体を動かしたりして現場を荒らし、証拠が隠れてしまうシーンなんかがある。だから私は、うっかり現場を荒らす、ということをしないでいた。他の二人は私立探偵と元警察官だし、色々と心得てるのだと思う。
「一つ提案なのですけれど、現場検証を行うのはどうかしら。一度、外に出て全員を集めてから赤秀さんに現場写真とビデオを撮ってもらった方がいい思うのですけれど」
「確かに彼、本格的な機材を持ってましたね」
 輪宝の提案に頷き、赤秀が手にしていたカメラを思い出す。スマフォで撮ることもできるかもしれないが、赤秀くんのカメラの性能の方が良さそうだ。
 私と詩丘さんがそれぞれ外と客室棟にみんなを呼びに走った。輪宝さんはすれ違った場合の保険として『主人の部屋』の前で待機している。
 これから死体(人形)の謎を解明するミステリーが始まるわけだ。この時の私は何も知らずただ楽しんでいたのだった。これは『惨劇』の始まりに過ぎないとも知らずに。
「写真と動画は後でBluetoothでも使って皆さんに共有しますよ~」
 一通り現場の撮影を終えた赤秀くんが元気よく言った。彼の目は輝いている。いや、彼だけではなく、集まった全員、楽しげな光を目に宿していた。
 輪宝さんが率先して現場の検証をしてくれた。流石は元警察官だけはある。別に捜査第一課にいたわけではないらしいが、元本職と聞くととてもそれっぽく見えると言うか、現役を退いた美人老婦人のミステリー小説……いいかもしれない。
 と、本来の目的に思考が及んでる最中、大体のことが終わったようだった。
 状況を確認すると、人形の後頭部は凹んでおり、また、中から血(多分、牛肉か何かのドリップだろう、と稔代くんが言っていた)が出ている。服は男物の白いTシャツと藍色のチノパン。昨日、佐茂くんが着ていた服に似ているので、彼のものかもしれない。そして、シャツの胸ポケットには『佐茂 敦』と印刷された紙が入っていた。ベッドは人形の頭から出ていた血でベッドの上部あたりが赤く濡れ、掛け布団は床に落ちていた。『主人の部屋』にはカーペットなどは敷かれておらず、足跡の類はなし。窓は鍵がかかっていた。カーテンは開いていて、温かい太陽の日差しが降り注いでいる。
 そして、トイレ側のドアも鍵がしっかりとかかっていた。このドアはどうやら両方のドアとも鍵がないと開かないらしい。なぜ、こんな作りなのだろうか。
 もう一つ、全員が気になるドアがあった。佐茂くんの部屋に通じるドアだ。朝、佐茂くんを起こしに行ったとき違和感があったけれど、彼の部屋だけ奥にドアがあったせいだったみたいだ。あの時は佐茂くんがいないことに意識がいっていて気がつけなかった。佐茂くんも昨日はこのドアについて何も言っていなかったし。このドアも鍵がかかっているだろうと誰もが思っていたけれど、アッサリと開いた。ドアの先は、朝見た佐茂くんの部屋で何か手がかりになりそうな物は見当たらなかった。
 当然、流れで佐茂くんの部屋も写真を取ったり、何かないかと探したりしたけれど特に変わったものは出てこなかった。
「それで~、これからどうします~?」
「そうですね。佐茂さんは見つかりませんし、この人形の謎を解くしかないんじゃないですか?」
「ゲンジ~! ここは人形じゃなく死体って言おうよ~! 雰囲気大事っ!」
 池之川くんの問に芦間くんが答え、赤秀くんが抗議を入れる。確かに折角、企画者が用意してくれたイベント。きちんとミステリー小説風に、真剣に向かい合うのがいいかもしれない。そっちのが面白いし。
「いいね。じゃあ、ミステリー・サスペンスっぽく、みんなで推理合戦するのはどうかな?」
「でしたらこの部屋で立ち話するより、ダイニングでお茶でも飲みながらしませんか? 準備しますよ」
 私の提案に稔代くんが頷きなら場所移動を申し出る。輪宝さんが立ってるのは辛いし助かる。と答えて、全員揃ってダイニングに向かった。
 紅茶の入ったカップから湯気が漂う。冷たいのにして。と珍しく口を開いた菊田くん以外には、ホットの紅茶を稔代くんが用意してくれた。
「ではまず、今回の見立て人形殺人について、話し合いたいと思う」
 わざと真面目な顔をして、仕切るように話し出す。こういうのは誰かが最初に仕切ったほうが話が進みやすいからだ。
「見立て殺人は確定なんですねー」
「まあ、詩の第一節そのままだし、ね。異論ある人いる?」
 ウケた、とばかりに笑う赤秀くんにウィンク一つ軽く答える。何せ詩の第一節『好奇心、赴くままに禁忌の間。入るべからず、忠告を。無視して一足踏み入れて。主神(かんざね) の怒り一振り脳天に、くらいて命、朽ち果てる』そのままの死体(人形)だったからだ。そういうことまで考えて組まれたイベントなのは間違いないし、みんなそう思ってるようだった。誰も異論を唱えなかったからね。
「さて、それじゃあ、本題に入ろうか。最初の議論だけど、最初に口火を切りたい人っているかな?」
 スッ、と詩丘さんが手を上げ、はいはーい、と、赤秀くんが元気に身を乗り出した。
 どちらに先に話してもらおうか悩んでいると詩丘さんが赤秀くんに順番を譲ってくれた。
「じゃあ、いっちばーん! まずー、俺は、殺されていた死体は本当にアツシさんだったのか。ということを議論したいでーす!」
「あぁ、それは確かに」
 赤秀くんの提案に芦間くんが頷く。確かにそうだ。名前の紙が入っていたから推定で佐茂くんだとしても、確証がない。
「佐茂さん、どこに行ったかもわかりませんしねぇ」
「えぇ、客室棟の使われてない部屋も含めて全部屋確認しましたが、人っ子一人いませんでしたし」
 池之川さんと稔代くんが頷きながら、さっきの探索結果を共有してくれる。ちらり、と赤秀くんの方を見れば彼もすぐ察したようだった。
「外にもいなかったよ~! 森の奥の方とかはわかんないけど」
「獣道も無かったし、奥深くに入り込んだとは思えないよ。行ったとすればタクシーで来た道を下ったとしか」
 赤秀くんと芦間くんの情報を整理すると佐茂くんがいそうな場所はなかった。もしくは山を下ったか。ということらしい。
「案外、屋敷の何処かに隠し部屋なんてものがあるかもしれませんね」
 輪宝さんが冗談とわかる声音で発すると赤秀くんはいいね! と大はしゃぎする。
 わからなくもない。ミステリー小説で秘密の部屋、隠し通路、特殊なスイッチを押すと動く本棚。何ていうのは、よくある話。いや、あまりないかもしれないが、インパクトはあるのでよくあるように感じてるだけかもしれないが……でもロマンがある。
「もし隠し部屋なんて言うのがあったとしても、現状見つけていないのですから、これ以上佐茂さんの生死に関して議論は続けられないのではないですか?」
 詩丘さんの言葉に現実に思考が戻る。彼女の言うことはもっともだ。
「たしかに、ここで話してても、結論はでないことですよね~」
 池之川さんもうんうんと頷き、全員が納得したように口を閉ざした。
「じゃあ、あの人形、じゃない、死体を主人の部屋においた犯人、について話すのはどうですか?」
 芦間くんが手を上げて提案してくれる。僕は頷き返してから全員の顔を一巡。反対する人はいないみたいだ。
「やっぱりー、普通に考えたらふごうさんがやったんじゃないですか?」
「それだと、つまんないですよ~」
 池之川さん、赤秀くんが次々口を開く。詩丘さんは手を組んで真剣な様子で考え込んでいる。
「そもそも、そのふごうさんはどこにいらっしゃるのでしょうね?」
 輪宝さんの言葉に数人がハッ、とした顔をする。そうだ、ふごうさんはどこにいるんだろうか?
「言われてみれば……この屋敷も外も、佐茂さんすらいなかったわけで……」
「あっ! じゃあ、この中の誰かがホントはふごうなんじゃないですか⁉」
 稔代くんの呟きに赤秀くんが興奮気味に半分立ち上がる。そう、ミステリーの定番。謎の人物は実は登場人物の中の誰かである。それは僕もすぐに頭に浮かんだことだ。
「可能性はありますよね」
「じゃー、そのふごうが誰かわかればゲームセットになったりするのかな?」
「詩の秘密を解いて、答えを見つけるのがゲームセットの条件だと思いますよ。ただ、ふごうを割り出せばヒントをもらえるかもしれません」
 僕は赤秀くんの疑問に自分の考えを口にする。もしかしたら、ハンドルネームを名乗らないように、というルールも、参加者に主催者が混じっているから、かもしれない。
「だったら、誰がふごうか考えようよ!」
「えぇ。ですからまず、遺体について、どこで殺され、どうやって運ばれてきたのか。を考えるべきだと思うわ」
 興奮する赤秀くんに落ち着いた柔らかい声で輪宝さんが答える。
「どこで殺されって……あの部屋じゃないの」
 ぼそっと珍しく菊田くんが喋る。引っ込み思案のようだとはいえ、やはり彼もミステリー好きに間違いないようだ。
 詩丘さんがこめかみを人差し指で叩いてから口を開いた。
「だとしたら、頭部の血が少なすぎるのよね。まあ、人形だし、あれくらいしか用意できなかったとか、主催にそこらへんの知識がない、って場合もあるけれど」
「こんな屋敷をわざわざ用意するくらいですし、主催者の意図的なものとみていいんじゃないですか?」
 僕も稔代くんの言葉に頷く。つまり、あの死体は別の場所で殺され運ばれてきた、ということなんだ。
「じゃあ、本当の犯行現場は~……どこなんでしょう?」
「わからない。というのが答えじゃないかしら? 誰か血痕を見たとか、そういうのがあれば別だけれど」
 池之川さんが首を傾げ、詩丘さんが間髪入れず答える。直後、しばしの沈黙が降りた。誰も、血痕を見た覚えはないようだ。それに、本当の犯行現場の目星もつかない。
「残念だけど、圧倒的に情報が足りないね」
「うんうん。できれば死亡推定時刻とかわかればいいのに!」
 僕の言葉に赤秀くんが頷きながら悔しがる。死亡推定時刻がわかれば、アリバイを聞いたりすることも可能だから、確かに知りたくはあるんだけど。
「人形じゃ、わかりようないですよね」
「芦間くん、それは違うわ。たとえ本物の死体だったとしても死亡時刻を私達が知ることはできないわよ」
「詩丘さんの言う通りですね。ここには検死できるような人間がいませんからね。難しいかと思いますよ」
 詩丘さんと輪宝さんの言葉に何人かが驚いた顔をする。私立探偵と元警察官だったら精密な検死でなくとも多少はできそうな気がしていたんだろう。僕もだけど。
『諸君、お困りのようだね』
 響く、ボイスチェンジャーの声。タイミングが良すぎるそれに、みんな押し黙る。
『ヒントをあげよう。稔代くん。キッチンへ向かいなさい』
 それだけ告げるとブツリ、と音声は途絶えた。
「あら~、どっかから見てるのかしら~」
「菊田くん、なんで今のタイミングでスマホいじってたの?」
 池之川さんのゆったりした声音の直後、詩丘さんが菊田くんを睨んで厳しい声を発した。全員の注目が菊田くんに集まる。
「はっ? な、んでもいいだろっ」
 慌ててスマホをしまいながら菊田くんが大きな声で言い返す。だが、詩丘さんは変わらず厳しい視線を菊田くんから離さない。
「でも、何かをいじってたのは貴方だけ。もしかして貴方がさっきの音声、再生したんじゃない?」
「菊田くんが『ふごう』ってことですか?」
「違う!」
 芦間くんが驚いたように発した言葉に噛みつくように菊田くんが否定する。
 妙な空気になってきた。
「詩丘さん、よくいろいろと見てたね。でも、スマホをいじってただけで菊田くんがやったって決めつけるのはよくないよ」
「そうね、三堂さん。でも、確認をしたいの。そのスマホ、見せてくれないかしら?」
「や、やだね!」
 菊田くんがスマホをしまい込み詩丘さんを睨みつける。
「だ、だいたい、アンタが『ふごう』かもしんないじゃんっ! 俺のことハメて、わざと混乱させようとしてっかもだろ」
「そうね。でも、落ち着きましょう。菊田さんはただ偶然時間を確認しただけかもしれないし、それよりもヒントとやらが気にならないかしら?」
 ギスギスし始めた空気を輪宝さんが別の話題にそらしてとめてくれる。稔代くんが頷いて、キッチンを見に走っていった。
 そしてすぐに戻ってくる。その手には一つの封筒が握られていた。
「それ、昨日指示書が入ってた封筒と同じですね」
 早くも詩丘さんが分析を終える。稔代くんは頷いてテーブルの上に封筒の中身を広げた。全員が立ち上がって覗き込む。
 中身は一枚の紙だったそれは……検死報告書。といっても、本物の報告書、というわけではなさそうだ。本物は見たことがないけど、こんなに簡易なものじゃないと思う。多分、『ふごう』がイベントのために作ったものだと推測できる。
 検死報告書の中身はこうだった。
 死亡者:佐茂 敦(さも あつし)33歳。男性。
 死因:頭部の殴打による撲殺。
 死亡推定時刻:深夜。一時三〇分頃。
「あ、死亡推定時刻が書いてある!」
「でも、この時間ならアリバイとかも誰もなさそうよね」
「えぇ、みなさん寝入っている時間でしょうから」
 赤秀くん、詩丘さん、輪宝さんが検死報告書を見ながら意見を交わしている。
「ヒント、っていうからもっとこう、なにかわかるもんだと思ったのになぁ」
 赤秀くんが残念だとばかりため息を吐く。きっと人形の死体の謎を解くヒントであることは違いなんだろうけど、やっぱりまだ情報が足りないようだ。
「じゃあ、また屋敷の中を探して回らないかい? 血痕とか、何かを引きずった跡とかあるかもしれないよ」
「そうですね。着眼点が違えば見えてくるもののもありますから」
 僕の提案に、詩丘さん始めみんなが頷いてくれる。いつの間にか菊田くんの姿はなかったけれど。
 こうして各自、佐茂(人形)殺人事件のための情報を集めるため屋敷の中へ散っていった。ただ、稔代くんだけが昼食の準備で残念ながら参加できなかったけれど。
「ツカサさーん! 足のサイズいくつでっすか?」
 血痕探しの最中、赤秀くんに呼び止められた。足のサイズ? を聞いて何になるのだろうか。わからないけれど、素直に27・5だと答える。
「あー、やっぱツカサさんおっきいもんねー。足もおっきいかぁ」
「はは、ありがとう。でも、足のサイズなんて、何をしようとしているんだい?」
「ふふふ、それはですねー……」
 赤秀くんはもったいぶるように溜める。
「秘密の部屋を探すのに、変なスペースがないか図るんですよ!」
「あぁ、なるほど。屋敷の内側と外側を測って大きな違いがないか確かめるんですね?」
「そうそう! ホラーとかだと、工事の時とかに一部屋分空きスペースがあるとこに気が付き、壊してみると……って展開になるやつです!」
「ははっ、びっしり文字が書いてあったり、壁が真っ赤だったりするたつだね」
 うんうん、と赤秀くんは頷く。確かにそういうタイプの秘密の部屋だったら、軽く見て回っただけじゃ見つけられないな。
「面白そうだし、一緒に探すよ。どうすればいいんだい?」
「あー……できれば同じ足のサイズの人のが……あっ、ゲンジー!」
 表情豊かに考える素振りを見せ、遠くに芦間くんを見つけたようですぐさま走っていく。
「ツカサさーん、ゲンジ同じサイズだったよー!」
「な、なんだ? 足のサイズが何なんだよ、イツキ」
 説明もなく引っ張ってきたようで芦間くんは困惑していた。赤秀くんがさっきと同じように芦間くんに説明する。二人のやり取りはタメ口で軽く、随分と仲良くなったみたいだ。年が近いし大学生同士だからかな。こういうのも青春でいいな、ネタになる。とついつい思ってしまう。
「じゃあ、早速図りましょう! ツカサさんは悪いんですけど、外に回って一階の空き部屋の窓の前に行ってもらっていいですか?」
 赤秀くんの言葉に頷く。やり方はついてから説明するとのことだったので、僕は一度二人と別れて屋敷の外へ出た。
 空き部屋の窓の外。つまり、一階の客室の一番奥。稔代くんの部屋の向かい側だったかな。そこへ向かうとすでに窓から赤秀くんが顔を出して手を振っていた。
「で、どうするんだい?」
「えっとですねー。ゲンジとツカサさんは建物の突き当り、あっちですね! に向いてください。両足は揃えて。そうそう! で、次は壁に手をついてください」
 赤秀くんの言う通りに従って壁に手をつく。
「次は右足のかかとを左のつま先にくっつけてください。そして次は左足のかかとを右のつま先につけてどんどん歩いて」
「あぁ、たしかにこれならまっすぐ進めるし、そうそうズレることもなく歩数で図れるね」
「でっしょー? メジャーとかなかったから、結構考えたんですよ! あ、僕はこれ撮影するんでー、ゲンジとツカサさんは1,2,って僕が数えるんでその声に合わせて進んでくださいね~!」
 カメラを構え赤秀くんは窓から中と外を交互に撮っている。掛け声に合わせてゆっくりと進んだ。
「ツカサさん、止まって!」
 赤秀くんの大きな声にビクッとして足を止める。まだまだ、曲がり角には到達しそうもない。狭いひと部屋分くらいはありそうな距離だ。
「今そっち行きますんでちょっと待っててください!」
 赤秀くんは興奮気味に言うとすぐ窓の中に姿を消した。バタバタと走る音が聞こえてくる。
 少し待てばすぐに赤秀くんと芦間くんが外に姿を現した。そして二人して僕の前の壁を調べ始める。
「わー、これ結構スペースある! 絶対柱とかじゃないよ!」
「どうだろう? 建物とか詳しくないけど、デットスペースって結構あるもんじゃないのか?」
「だとしてもこんな広いことないって。あ、ほら! 叩いた音、軽い気がしない?」
「え、わかんないよ」
 二人でわいわいと盛り上がっている。
「もう、僕も動いてもいいかな?」
「あ、もちろんです! ツカサさんはどう思います?」
「そうだねぇ。僕は秘密の部屋だと思うよ」
「え、三堂さんもですか?」
「うん、そっちのがロマンがあるしね」
 二人の会話に混じりながらしげしげと謎のスペースの壁を眺める。
「もし、これがミステリー好きが作った隠し部屋なら、きっと外か、もしくは部屋の中に隠し扉があるんじゃないかなぁ」
「そっすね! ゲンジ、次は隠し扉探そっ!」
「見つかるかなぁ」
「じゃあ、まずは外を探して見つからなければ中を探そうか。三人だったら時間もそんなにかからないだろうし」
「はーい」
 元気な返事をする赤秀くん。芦間くんもこくん、と一つ頷いてくれた。
 まずは、外。ということで壁を丁寧に触りながら調べていく。赤秀くんは角を。芦間くんは曲がった先を調べてくれているみたいだ。
 しかし、外の壁に特に変なところはなかった。そのまま三人で中へと入る。途中、詩丘さんと輪宝さんが主人の部屋に入っていくのを見かけた。彼女たちも色々と調べているようだ。リビング、もといキッチンの方からはいい匂いが漂ってきている。もうすぐお昼ごはんが出来上がるのかもしれない。
 様々なことを漠然と観察し、考えていたら、あっという間に一番端の空き部屋までやってこれた。中に入ると、自分が寝ている部屋と大きな違いはなかった。何回も見に来ているがごく平凡で、念入りに探そう、という気にはなれない部屋だ。だが、今は隣に謎のスペースがある。それだけで少し他と違うような雰囲気な気がした。
 早速三人で手分けして部屋を探す。僕は入り口から右へ曲がった際に右手にあるクローゼットに目星をつける。中はハンガーが掛けてあるだけの簡素なもの。パッと見、気になるものはない。だが、こういうのはわからないように仕掛けられているから隠し扉なんだ。
 手で丁寧に壁の全面を撫でていく。すると、小さな切れ込みがある場所を見つけた。これはもしや……。鼓動が早くなっていくのがわかる。自分が興奮していることも。ゆっくりその切れ込みに手を滑らせていく。四角い、形をしていた。そっと四角を押し込んで見る。だが固くて何も起きない。他になにかスイッチがあるのだろうか? 近くの壁を手で擦り調べていく。特にない。だったら……。爪を四角の溝に滑り込ませた。そして軽く引っ張る。
 カタッ。
 小さな音がして、四角が外れた。薄い蓋のようだった。中には何かを差し込むような螺旋の跡がある穴があった。穴をナゾり、そして穴の中へ指を滑り込ませてみる。
「いたっ!」
「三堂さん、どうしました?」
 つい声が出て跳ね上がる僕に、芦間くんがすぐ反応して心配してくれる。
「いや、何か刺さったみたいだ。大丈夫だよ。それより」
 指を見てみるとぷっくり小さな血の丸が出来上がっているが、大したことはない。中の針金か何かに引っかかったんだろう。僕と芦間くんの声に赤秀くんも近くに寄ってきた。二人に先程の穴を指さして教える。
「それって!」
「あ、気をつけて。穴の中は鋭い針金みたいのがあるみたいで、怪我をするよ」
 早速触ろうとした赤秀くんに注意を促す。僕の忠告をきちんと聞いて赤秀くんは穴の中に指を入れることはしなかった。
「これすごいよ、ツカサさん!」
「でも、これだけじゃ、開かないんですかね?」
「多分、ここに何かを嵌めると開く仕掛けになってるんじゃないかな」
「今度はその嵌めるもの探さないと!」
 三人で頭を寄せ合ってクローゼットの中の穴を見つめる。これに嵌りそうなものを見た記憶はないんだよなぁ。
「みなさーん、お昼の準備、できまたよ~!」
 そこへ池之川さんの声が届いた。慌てて頭を上げて、つい二人とぶつけ合ってしまう。さっきの指より断然痛い。お互いに苦笑いしながら、続きはお昼の後、ということにして僕たちはダイニングに向かうことにした。
 昼食はサンドイッチとコーンスープ。イチゴとオレンジ、リンゴのフルーツ盛り合わせ。コーヒーか紅茶を選べるスタイルだ。僕は紅茶にした。サンドイッチはキュウリレタスとハム、タマゴ、人参とサラダチキンの三種類だ。どれもさっぱりとしていて美味しい。サラダチキンのドレッシングは何かかな。一番好みだった。
 昼食が始まった直後、赤秀くんは「報告がありまーす!」と元気に手を上げ、さっき見つけた隠し部屋のことを話していた。僕も加わって例の穴の話もする。
「それで不用意に指を突っ込んだら、尖ったものが刺さってしまって」
「それは……錆びてませんでしたか?」
 話を聞いた輪宝さんが心配そうに眉根を寄せる。破傷風を懸念してるんだろう。
「えぇ。見た感じ穴は新しいようでしたし、大丈夫だと思いますよ」
 それなら、と輪宝さんは頷いてくれた。まあ、具合が悪くなったらきっと『ふごう』さんも対応してくれると思う。イベントで実際に死人が出たら困るだろうし。
 ガシャンッ!
 唐突に大きな音がリビングから響いてくる。詩丘さんとタミアさんが立ち上がった。
「何の音かしら~?」
 池之川さんが全員が思ってるであろうことを口にする。
「見に行きませんか?」
 稔代くんが全員の顔を見渡しながら行った。それぞれがバラバラに頷く。これもなにかのイベントだろう。全員で音のした方を見に行くことにした。
 ……けれど、何もなかった。音の原因になるようなものは何も。何だったんだろう、と口々にしながら全員でダイニングに戻ってきた。だが誰も何もわからない。席に戻って各々が残っている食事を再開する。
 僕も食べかけのサンドイッチを口に含んだ。やっぱりサラダチキンのドレッシングはちょっと濃い目で美味し……。
 なんだか、めまいが、する。視界がグラグラしてきて、喉の奥から何かがせりあが……。
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220914~ 好奇心は猫をも殺す
初公開日: 2022年12月06日
最終更新日: 2023年01月26日
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習作のミステリー小説を書いています。