道端に落ちていた(語弊)天才を拾ったサリエリがとりあえずファミレスに連れ込む場面
「ラッキー! ありがとう先生!」
「私はおまえの先生ではない」
「お堅いヤツだなあ。冗談なのに」
ノリが軽い。私とはまったく相容れない人種の青年だ。サリエリは早くも、知り合ったばかりの天才的な音楽の才能を持つ青年に振り回されていた。
この青年くらいの年代でサリエリと接する若者というと、サリエリを先生として慕う音楽大学の生徒や仕事関係の知人が多い。だから、ここまでくだけた、無礼とも取られかねないような態度で接してくる青年は実は珍しい。
「……サリエリと呼べ。アントニオ・サリエリだ」
「おっけーサリエリ」
アレクサみたいに呼ぶな。と思いながら陰鬱と称されがちな神経質そうな溜め息をついて、サリエリは運ばれてきた料理に注意を促した。
「それから、今は遠慮はしなくていい。この店には、おまえに食わせるために来たのだから。ほら料理が来たぞ、食べなさい」
「やっほい! いただきまーす!」
あの寂れた駅でこの青年を捕まった――もとい捕まえた後のサリエリは、とりあえず、深夜も営業している安いチェーンレストランで彼に飯を食わせることにした。演奏後、振り返ってサリエリに何かを話しかけようとするなり腹を盛大に鳴らしていたのでメシで釣ったとも言う。痩せていて不健康そうだからもっと食べなさい。
サリエリは大学に通勤するときに好んで身に着けているスーツ姿であった。縞模様の派手なジャケットは脱いで側に置いてあるが、下に着ているシャツの肩から先も鮮やかな臙脂に近い赤色の布地を使っており、やはり洒落ている。その姿はこの店の雰囲気からするとかなり浮いており、ラフな格好で食事を楽しんでいる青年の方がずっとまばらな客の一人として場に馴染んでいた。
サリエリ側のテーブルには水の入ったコップが一つあるのみ。声楽も教えている身なので、普段から飲食にもそれなりに気を遣い、楽器としての自分の身体や喉を無闇に痛めつけないように気を配っている。サリエリは、一般には少し神経質と言われるたちの男だ。
「いやあ、よかったよかった。実はちょうどお腹がすいてたんだ。美味しいね、チェーン店の味って感じ!」
「行儀が悪いぞ、食べるにしてももっとゆっくり――」
「クセ!」
「は?」
「クセだからこれ!」
そう言いながら奔放に食べる彼の側のテーブルは、ずいぶんと賑やかだ。
サリエリとは対照的に、青年はコーラも飲むし二杯目以降のドリンクバーは変な色になるまで飲み物を混ぜるしジャンクフードも食べる。サリエリが先ほど目の当たりにした彼のピアノの腕の素晴らしさを考慮せず彼を見れば、顔色は悪いのに何故かパッと目立つ、食べ方と座り方のだらしないそこらの若者といった感じだ。長い手足や指先を持て余し気味に、器用に飲み食いしている。
サリエリはその様子を見て、勿体なく思えてひやひやする。一芸に秀でた者は得てしてどこかしらが欠けているもので、音大の若く尖った才能の持ち主たちも変わり者が多い。けれど目の前の青年はそれがひとしおだ。好悪の分かれそうなあけすけな性格も、食べ方から透けて見える自己管理の杜撰さも。
「あ。ひほほうはい忘れへは。ボク、あはへふふへ」【ルビ入れる】
「名前を言ったのか? 今。何だ?」
「アマデウス」
アマデウス。青年の名をもう一度口の中で転がして、サリエリは妙に納得した。それはそうだ。"神が愛する者"とはよく名付けたものだ。
「アマデウス」
「そ。ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト」
アマデウス。
正しく、あの演奏に相応しい名前であった。
ただし普段のこの下品な振る舞いは許せない。サリエリは静かに頭を抱えた。
喉なんか知ったこっちゃないと言わんばかりにコーラも謎のドリンクもポテトも気にせず食べて、指も油でべたべたにして! 才能を発揮するために自分の体をいいように磨り減らしているように見えて、少々どころかかなり気に食わないという思いが湧いてくる。そして鼻につく、特徴的な笑い声。こんな、こんなヤツがあの演奏を……! と思いつつサリエリは目を離せない。もちろん悪い意味で。
「でも意外だよ、エリート音大教授でもこういう街に住むんだ」
「音大教授を何だと思っているのだ? やり甲斐はあるし人望もあると自負しているが、おまえが想像するような仕事ではない」
「まあストレスフルだろうねえ、よくやるよ。そうじゃなくて、給料的なアレさ」
「もっと住みよい場所もあるのでは、と?」
ステーキを頬に詰めたまま、アマデウスはボサボサの金髪を揺らして細かくウンウンと頷いた。
「ふむ。だとしても、楽器を十分に置ける防音済みの部屋で、大学にも近い。汚い訳でもないから不自由はしていない。多少時代遅れな土地になって地価が下がろうと、良い場所であることには変わりあるまい」
「あれ? じゃあ、あそこかい? ニュータウンの」
「ああ。山の方だな」
「ああー、そっちか。ボクはあれだよもっと下町の方だよ、高台の綺麗なとこじゃなくてさ。アハハ!」
「あの駅からもかなり距離があるな」
サリエリは頭の中で地図を描きながら訊ねた。
「南の方か?」
「うん。でも住めば都というのは同感だね!」
「ピアノは置いているのか?」
「YMAのやつ!」
「おお……!」
「フェルトが磨り減ってる中古のアップライト」
「おお……」
上げてから落とした楽しげなアマデウスの声にサリエリは「惜しいな」と呟く。しかし、小さな部屋にこの青年とピアノが揃っているところを想像して「いや」と笑みをうっすら浮かべた。
「だが、アマデウス。おまえが弾くのだ。……それも、美しい音色だろう」
「初対面なのにボクのこと好きすぎじゃない? あ、そう言えばさっきキミが聴いたように、外で適当に弾くこともあるな。……家は防音じゃないボロ屋だし、家賃滞納してるからしょっちゅう追い出されるから、気を遣ってね!」
住んでいるアパートの狭い部屋の不便さや、カンカンになった歴代の大家の滑稽さ青年はケラケラ笑いながら(そして飲み食いしながら)語った。
「今住んでるところはまだギリギリ耐えてる」
「……そうか」
「隣に住んでる人カタギじゃないっぽいけど」
「ダメではないか!」
サリエリはまた溜め息をついた。小さなアパートでもなんのその、と言わんばかりに壁際の古いピアノを上機嫌に乗り回しているアマデウスの姿がありありと目に浮かぶ。そして、ピアノを盛大に弾いた後ノータイムでヤクザに脅しまがいの苦情を言われる姿と、そこへ「素晴らしい! もっと聴かせろアマデウス!」と乗り込んでいく自分の姿まで流れるようにイメージしてしまったところでサリエリは正気を取り戻して固まった。
願望が出過ぎだ。
「……待て。おまえのピアノが聴き放題の物件など、最高の条件ではないか! 感謝こそすれ苦情を言う筋合いはあるまい」
「だよね? 夜中の三時に下痢になったときの気持ちを実感を込めて弾いたのがよくなかったかな?」
「どう考えてもそれではないか?」
「じゃあ今度は別のにする」
「そうしてくれ。あの駅が最寄りだと言っていたな」
「どこ住みだ?」
「ナンパ??」
「ナンパだ」
はあ~やっぱ違うねえ~と何が愉快なのか分からないがアマデウスはまた神経を逆なでするような声で笑う。何か憑いていたりしないか?
「先刻弾いていた曲も自作だな。どこで出している?」
「出してな~~い。し、さっきのは即興」
「即興だと!?」
譜面は? と呪うような声を上げながら油でてかったテーブルにサリエリが突っ伏した。いや音は覚えているのだが。だが、しかし、おまえが譜面に起こしたものがよいのだ。とかブツブツ呟いている。陰気で神経質だと影口を言われることもあるサリエリだが、その中身は図太く欲しいものに正直なところがある。こと音楽に関しては、陽気と言えば聞こえは良いが、見境がなく暴走しがちで開けっぴろげな性格をしている。
「どこに持ち込もうとしても門前払いだよ。ボク天才なのに」
冗談っぽい声色でアマデウスが愚痴を言う。おそらく、理由の八割くらいは彼自身のクズさ加減が原因となっていることは察しがついた。それでも、とサリエリは頭を上げて静かに言う。
「……ああ、おかしいな。とても愚かなことだ」
「えっ……そんなシリアスな話のつもりなかったんだけどな。サリエリ、キミやっぱり変なヤツだよね?」
「アマデウス、おまえは音大で教育を受けたことはあるか? 動画やコンペにおまえの曲や演奏を出したことはあるか?」
「あるよ。コンクールで優勝するくらいボクにとっては訳もないことさ。それでも……」
アマデウスはムスッとした子どものような不服顔をしてみせたが、その表情もどこか道化のようにひょうきんで、おちゃらけた空気を醸していて深刻さがない。青白く骨張った片方の手のひらを上に向けてパッとひらいて、肩を竦めてみせる。どうしようもないね! とさも可笑しそうに、今度は本当らしく笑った。
サリエリはその言動を見て察する。アマデウスは、芸術に生きる者として身を立てる難しさを受け入れてなお、飄々と音楽を奏でることをやめようとしない。揺らがない、自分はそうある者だと分かっている者の振る舞いをしていた。
同時に、この男の天才性を確信する。この男から音楽を取り上げることなど、この世の何にもできないだろう。考えたくもないが、仮にピアノや腕が奪われてたとしてもこの男は最後まで音楽でできているはずだ。
アマデウスが評価されないのはおかしい、という旨を、先ほど聴いた彼の演奏への賞賛を交えつつサリエリは語って聴かせた。そのうちサリエリが鞄から未使用の五線譜を持ち出し、ヒートアップしたアマデウスとサリエリがペンを交えてポテトやステーキの油でベトベトにしながら楽譜を埋めていった。時間が飛ぶように過ぎていく。アマデウスが目尻を緩めて言った。
「……いやあ。キミと話してるとキリがないなあ、サリエリ。あの場でキミにも弾いてもらえばよかったかな?」
「そう思わないでもないが。……私は、それどころではなかった」
そう吐露すると、先ほど感じていた気持ちが蘇ってきて腹の底を炙られるような心地になった。サリエリは顔をしかめて言う。
「……私は、おまえの弾く外れた調子のピアノの音ですら、聴いていて悔しくてたまらなかった。アマデウス」
「ぐちゃぐちゃになった?」
「なった」
「あははは!!」
「何がおかしい!!」
「いーや、楽しい知人ができたなあって思っただけさ! じゃあね、サリエリ。また会ったら会おうぜ!」
「ふざけるな!」
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20220805_あまさり続き
初公開日: 2022年08月05日
最終更新日: 2022年08月05日
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そのうち展示したいア×サ小説を書きます(途中から始まって途中で終わる)