オールバックヘアの5年後を見て書くネタ
部屋の中でまじまじと鏡を覗き込む。ノックをしてベレスが部屋に入ったときに見たのはそんな光景だった。シルヴァンは女性を簡単に引き付けてしまうような容姿だ。自分の顔をじっくりと見るほど好きなんだな、とベレスはドアを閉めようとするとシルヴァンは「待ってくださいよ先生」と焦った様子でベレスを呼んだ。
「お邪魔したと思って」
「いやいや、いま自分の顔好きそうだなとか思っていたでしょ」
「バレたか」
「ちがうんですよ、髪型で悩んでいたんです」
「髪型」
鏡の脇にはシルヴァンが櫛と整髪剤。いつもより確かにおでこがよく見えるような気がする。
シルヴァンは普段は長い前髪を少し立ち上がらせて流しているような髪型だ。短いくせ毛をぴょこぴょことねじっている。
「いっそ全部うしろにしたほうが似合うかと思って考えてたんですよ」
「やっぱり自分が好きだな」
「またそういうことを! あ、そうだ。先生はどっちが好きか見てくれませんか?」
「君の髪型を?」
「今から全部後ろにしてみますから」
シルヴァンが鏡を見ながら前髪を後ろになでつけていく。手先が器用だな、とその様子をベレスは肩越しに見つめる。思えば生徒だった5年前と比べてたくましくなっているし、声も落ち着いている。低い声で先生と言われるとへんな気分がする。もう士官学校の生徒でもないのに。
「どうですか先生! 」
にっと笑って新しい髪型を見せてくれる。
「案外かわいいおでこをしているんだね君は」
見上げた先はつるりとしたきれいな額があって、普段見たことがない場所に素直な感想が漏れる。成人男性の額を見てかわいいという感想を持ってしまうのは彼が生徒だったからだろう。
「おでこの感想ですか。えーと、かっこいいとか、色気が増したとかそういう感想は? 」
「悪いけどそれはないかな」
「そうですか……」
わかりやすくシルヴァンは肩を落とす。随分とみんなの前では背伸びをしているが、彼はこういうところが年相応でかわいいと思う。周りには違う目で見られていることが多いとは思うが。
「でもどっちも似合っているよ」
本当のことを素直にいうと少し納得しない顔をしてからハハハとシルヴァンは笑った。ベレスの方にじっと顔を近づけてくる。驚いて半歩下がるとシルヴァンはまた足を寄せる。
「で、先生はどっちが好きですか? 」
「どっちと言われても困るな」
「じゃあ今日のところは普段どおりに戻しますかね」
シルヴァンが距離を取ると少しほっとした。急にそういうことをされるとへんな気分になる。シルヴァンは、昔からベレスを他の女性達にするように甘い言葉を使って来ることがあった。今もある。でも、前はなんの気持ちにもならなかった。彼がただ軽薄な態度を取っているだけだと思っていたからだ。裏にある彼の生い立ちも知らずに。
鏡をまた覗いて前髪を直している様子を肩越しに見つめる。変な気分だ。
シルヴァンの髪型が元に戻って、また変わらない戦いの日々の中、ガルグ=マクで次の戦いまでに過ごす時間はほっと一息をつくことができる。さわやかな空気の中、釣り堀にぽいと釣り糸を垂らせばいつものように魚がゆれる。ここではあの頃と変わらないように時が流れる。鳥はあの時と変わらず鳴いているし、建物の方からは人の声が聞こえてくる。まだ何かが起こる前と同じようだ。
「先生」
なにが変わったのか。
ベレスは変わらない。時が止まったように五年間の記憶もなく、ただ目が覚めて川に流されて舞い戻ってきた。
シルヴァンが釣り糸を垂らすベレスの横に腰を下ろして一緒に釣り糸を眺めた。
シルヴァンは変わった。もちろん大きく変わったところはないのかもしれない。それでも。シルヴァンはベレスの目から見ても逞しく頼り甲斐のある男になっている。ベレスは釣り糸を左右に揺らす。
「なんか釣れましたか?」
「君が釣れたよ」
「またそんな! 」
シルヴァンは大袈裟に声を出すから面白くてついついつられて口元がゆるむ。
「先生の冗談は心臓に悪いですよ」
「そうかな」
「そうですよ! ……それとも本当に釣られてしまいましょうか」
「まさか」
「ほら冗談だったでしょう。俺だって流石にわかります」
「ははは」
釣り糸の先には、大きな魚がゆらゆらと揺れているのに全く竿にはかからなかった。
「つれないな」
「なかなかつれませんね」
シルヴァンはベレスに少しだけ近づくと、水面を覗き込んだ。
釣り糸を垂らすことに飽きて二人でお茶を飲むことにした。他の人にはゆるしたことはないが、今日はベレスの部屋に向かう。甘い菓子を何種類かティースタンドに乗せて、シルヴァンにお茶を入れた。
士官学校に来たばかりのころレアにやり方を教えてもらってから時たま生徒やほかの先生たちとお茶を飲んだ。中庭で過ごすことは多かったが、部屋の中ではほとんどやったことがない。招待するには味気ない部屋だ。傭兵時代から父にものをふやさないように言われてきたことが今も生きている。
「先生、ありがとうございます」
「うん」
「俺の好きなお茶知ってるんですか? たまたま? 」
「どっちだったかな」
はぐらかすようにこたえるベレスの顔を見てシルヴァンの口元も上がっていた。
「この間の傷は問題ないようだね」
「ああ。もう殆どですね。寝起きが少しつらいくらいで」
「すまなかった」
「良いっていったじゃなですか」
先日の戦闘後に受けた、ベレスを守るようにして受けた傷。あれから半節程経過した。魔法を使いながら治療しているおかげか自然治癒よりはやくきれいに傷が治ったらしい。肌を直接見たわけではないが、本人曰くほとんどもう跡形もないようだった。