「夏日(真夏日になっちゃった) アイス ハクセキレイ」
 もはや夏だ。最高気温30度、暑さに慣れていない体では初夏をすっ飛ばして夏に思える気温である。だからといって暦の上ではまだ春なのだから、冷房を点けるなんて真似は出来ない。電気代は節約したい。
 窓を開け放してみるが、流れ入る風は暖かいを通り越して暑く、気化熱に頼ることすらも無謀な目論見となった。
「暑すぎる……」
 独り言ちたところで何も変わらない。こういう時は悪いとはわかっているが冷房の効いた店か何かに避難するしかない。折角の休日、いくらのんびり休みたいと言っても、この部屋にいては茹でダコになってしまう。
 本屋にでも行こう。そう決めてソファから立ち上がった瞬間だった。
「あっちぃ〜〜〜」
 施錠していた鍵は外から開けられ、ドアノブがガチャリと金属音を発し、現れたのは臙脂色のワイシャツ姿の伸二だった。
「少し休憩してくわ」
「おい」
「は〜ァ? お前んち冷房入れてねェのかよ……」
「おい」
 態度だけで言えば「土足で上がり込む」というものに等しい。革靴を脱ぎ捨てた伸二はズカズカとリビングまでやって来て、エアコンの遥か下に取り付けられたリモコンを勝手に操作した。ピ、と軽快な音の後、ゴーッと派手な音が響き渡る。
「家主の許可も取らずに……」
「い〜だろ、これぐらい。だいたいお前は電気代を節約、つって無茶をするから良くねェ。知ってっか? 冷房を我慢したところで熱中症になりゃあそんなもん水の泡なんだぜ?」
 たった今まで自分が座っていた位置に、今度はこの男が座った。ワイシャツの胸元をパタパタ煽るたびに突っ立っているオレからは胸元が見え隠れして、思わず顔を顰めた。
「……お前は打算的過ぎる」
 熱中症の話も、胸元が見えるのも、どちらも。
「あったりまえだろ? そうじゃねーと生きていけね〜よ」
 本屋にでも行こうと思っていた気持ちは完全に萎れた。キッチンへ向かい、冷蔵庫の中から午前中に作った麦茶を取り出し、2つのグラスに注いだ。リビングに戻って一方を差し出すと、彼は短く礼を言ってグビグビと飲んだ。あっという間に飲み干した。
「もう1杯いるかい?」
「あ〜、んじゃ、貰うかな」
 自分用に注いだグラスを手渡し、空のグラスを受け取る。伸二が口をつけたグラスにもう一度麦茶を注ぎ、彼の隣に座ってオレも同じように喉を鳴らした。
「間接キスじゃね〜かよ……」
「あ、言われてみれば」
「遠慮の”え”の字もねェな」
「そっくりそのままお返しする」
 自分でも何が面白いのかよくわかっていないながらも、揃って吹き出してしまった。こいつと一緒にいると笑う機会も増える、気がする。
 笑いの波が引いた頃、エアコンから出る轟音が酷く耳についた。いくらなんでもうるさすぎる。そういえば、冷え方が尋常ではない。テーブルに放り出されたリモコンを手に取り、設定温度を見て絶句した。
「お前……」
「ん?」
 まだ火の点いていない煙草を口に咥えたまま、伸二は片眉を上げて振り返った。
「16度は流石にないだろ」
 温度16度、そして強風設定はいただけなかった。すぐさま25度、自動運転に切り替えた。
「アレだよ、臭い消しには16度で1時間だぜ?」
 オレの手からリモコンを引ったくり、設定を弄った。
「それは窓を開けなきゃ意味ないんだよ、返せ」
 こちらも負けじとリモコンを引ったくり、ボタンを連打した。
「うるせェ、小姑かよオメーは!?」
「家主はオレなんだが!?」
「電気代もろくに払えねーなら辞めちまえよあんな研究所!」
「それならお前が払えよ電気代を! あと勝手に飲み食いした食費も!」
 食費のことを取り沙汰されるのがクリーンヒットしたのか、伸二は口をへの字に曲げてそっぽを向いた。口喧嘩の後のリビングは異様なほど静かで、ただこいつがジッポーを点けるジッという音ですらも大きく聞こえた。
 喧嘩だって当然のようにする。それは他人なのだから当たり前だ。我々は互いに気を遣うという意識が欠落している仲なのだと思う。一般的なカップルはこんなにも些細な喧嘩をするのかしないのか、知らない。知ろうとも思わない。
「……腹減ったな」
 この静寂の中で口火を切ったのは彼だった。それもよりによってな話題である。
「お前、逆に凄いな」
「何がだよ」
「この状況でそんな話を出来るのは凄い。オレには出来ないよ、流石だな」
 純粋な褒め言葉のつもりだった。オレみたいな人間には出来ない芸当だと思う。他人に興味のない自分を守るためには、他人に注目されないように振る舞う必要もあるわけで、言い換えれば他人に迷惑をかけない言動を第一に考える癖がつく。
「……喧嘩の続きかい?」
 彼には煽っているように聞こえたのかもしれない。自分でも煽っているような言い回しだな、とは思っている。他人に迷惑をかけない言動と言ったが、こいつの場合は例外だ。こいつに興味がないのであれば、オレは打算的な態度に顔を顰めることもないだろう。そういうことだ。
「そういうつもりはない。というか、こんな暑い中で喧嘩なんてするもんじゃない。余計疲れるだけだ、って今更気づいた」
「そーかい」
「それに、お生憎様だけど、食材は昼に使い切った」
「買い置きか何かは?」
「あると思うかい?」
「思わねェ」
 ふん、と鼻で笑った後、そのままずぶずぶとソファに沈んでいく。液体のようだ、と思う。この暑さだから溶けても仕方ない。溶けたアイス。アイスクリームと言うよりはシャーベットのような、シャリシャリとした歯ざわりのものが似合う。色は赤く、所々に黒色が混ざったようなアイス。例えばコンビニでも売っているような、アイス。
「コンビニに行く、と言ったら、ついてくるか?」
「あ?」
「急にアイスが食いたくなった。お前は?」
「ついてくわ。腹に入るもんなら何だってい~ぜ」
 夏のような太陽が照りつける外の世界へ繰り出すことを決めた。行き当たりばったりだ。いつもいつも、行き当たりばったりだ。
「あの鳥、そこら中にいるよなァ」
「あれはハクセキレイじゃないかな」
 コンビニの駐車場ではハクセキレイが四、五羽集まり、我々のように軒下でたむろする連中からのおこぼれを狙っている。最近の鳥は警戒心が少ない。そこら中で餌を手に入れられるのだから、それはそれはそこら中にいる。
「お前のそれも一口くれ」
「あ? オメーも腹減ってんのかよ」
「アイスを食べたい気分だった、でもこのアイスの口ではなかった。だから口直しさせてくれ。濃厚すぎる」
「ほらよ」
 目当てのアイスは売り切れていた。代わりに残っていたのがこの濃厚なアイスだった。オレは伸二が差し出したチキンにかじりつく。クッキークリームの味にやられていた舌が、塩味でどうにか立ち直る。食べ合わせとしては最悪だろうが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
「美味いかい?」
「漸く息を吹き返したかのような気持ちだ」
「何だそれ」
 呆れたように笑いながら、伸二はオレのアイスに噛みついた。暫く味わっている風な表情をした後、眉間に皺を寄せて「甘ェ」と漏らした。
「な? こんな暑い場所で食うのはきつい」
「喉渇くな、これ。飲みもんもう一本買ってくっか~」
 彼は残りのチキンを口に放り込んで、再び店内へと消えていった。それと同時に一組の男女が駐車場を突っ切り、付近にいたハクセキレイが数羽飛び立った。太陽光を反射しながら、更に拡散するかのように羽ばたく。
 色味が似ている。今食っているこのアイスと似ている。白と黒で成り立ち、その癖存在感のある姿が似ている。
 飛び立ったはずのハクセキレイは再びこの駐車場に降りてきて、また客からのおこぼれを狙っている。いや、あの鳥が似ているのはもしかしたらあの男ではないか。オレの所に土足で上がり込むあの男の図々しさは似ているのではないか。こんな甘ったるいアイスに似ても似つかないあの男が、この白黒のアイスに似ている鳥にそっくりなのはおかしな話である。
「浸ってんなァ?」
 不意に声をかけられて驚いた。見れば案の定今思い描いていた男だった。こいつはいつもこうやって急に話しかけてくるな、と今更思う。
「ほらよ、アイスコーヒー。飲むだろ?」
「あ、ありがとう。珍しいな、気が利くなんて」
「お前なあ、言い方に気をつけろよな。お前じゃなかったら手が出てるわ」
「いつもこうだといいんだけどな? なあ、気の利かない伸二よ」
「そーゆーところが可愛くねェ」
 溶けかかったアイスをコーヒーで流し込んだ。伸二はガードパイプに座り、オレの顔を見上げながらストローを吸った。こいつも最悪の食べ合わせをしている気がするが、触れないでおく。
「……そんなにじろじろ見ないでくれないか」
「いや、お前っていい奴だよな~ってな」
 予想だにしない返答が聞こえて、訝しいという感情がそのまま表情に表れる。
「おい、どこにそんな要素があった?」
「そーゆーとこ」
「はあ?」
「可愛くはねェけど、好きだぜ、そーゆーの」
 意味がわからず、何も聞かなかったことにしてコーヒーに口をつけた。続く言葉に噎せる。
「オレはオレの心に土足で上がり込んでくるような奴が好きだからよ、光栄に思えよなァ?」
 意味ありげな笑みで見上げてくる顔が、またしても打算的だった。
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20220423夏日の雨伸
初公開日: 2022年04月10日
最終更新日: 2022年04月23日
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コメント
夏日、アイス、ハクセキレイの3つをもとに書くテスト。
いつもよりBLを意識したい雨伸二次創作
ニートヒーローはランチを食べない
続くかくよコメント、チャットはどなたでもお気軽にどうぞ!
星のねこ
2022/06/06
2022/06/06 ワンライ企画やってみた。
nemu