「王宮ってもっとキレイなところだと思ってた」
「うち捨てられてから何十年と経っている。多少の劣化は致し方なかろう」
がっかりしているボクとは対照的に、先生は感慨深そうだった。
ボクたちの前にはかつて栄華を誇った王家一族がお住まいになっていたとかいう大層な宮殿が静かにそびえている。
平民のボクには何時代の何建築様式といった専門的なことはさっぱりわからないけれど、素人目に見ても豪華絢爛な作りに違いなく、建設にはさぞかしお金が使われたのだろうな、とは思う。
敷地には侵入者対策らしき柵や金網が宮殿を囲むようにぐるりと張り巡らされているものの、人が通れそうな大きさの穴があちこちに空いているせいでほとんど意味がない。
それに、ひときわ頑丈そうな門扉にかけられた鍵が壊れていて、どうぞお通りください、と言わんばかりに扉が開いている。
これじゃ忍び込み放題だ。
「うう、なんかお化けが出そうなイヤな雰囲気だなぁ…。ねぇ、盗掘されてて何も残ってないんじゃない? やっぱり入るの止めにしない?」
「ここまで来て何を言うかと思えば」
「馬鹿馬鹿しい」と先生はため息をつく。
「これから探すものは泥棒連中からすれば一銭の価値もないものだ。私の記憶違いでなければ、それは私の部屋に残っている。万が一、この宮殿で不審者と出くわそうとも、君にはこの私がついているのだ。心配無用。安心して歩を進めるがいい」
「その言葉がいちばん信用ならないんだけどなぁ…」
ボクの両腕に収まるサイズの先生がどうやってボクを不審者から守るのか。
懐疑的になりつつ、ボクは先生に促されるがまま門をくぐった。
「うっわ、ひっど~」
ボクのすっとんきょうな声は無人のエントランスホールでわんわんと響いた。
王家の滅亡後、宮殿は散々に荒らされたらしいとは噂に聞いていたけれど、最初に足を踏み入れたホールは見るも無残な有り様だった。
モザイクタイルが敷き詰められて往時は塵一つなくピカピカに磨かれていただろう床には、天井から吊り下げられていたらしきシャンデリアが落ちている。
歪んだ金属のフレームはエントランスホールのど真ん中でボクたちの通行を邪魔するかのように鎮座し、落下の衝撃で砕けたらしきガラスはホールの隅々にまで飛び散っている。
かつては太陽光をいっぱいに取り入れていただろう大きな窓には板が釘付けにされていて、その上からカラースプレーで暴言やイラストなどが殴り書きされている。
おそらく、ボクたち以外にこの宮殿へ侵入した人たちが書き残したのだろうメッセージは、白々しい壁や彫刻の見事な柱をも台無しにしていた。
無残なシャンデリアを迂回しようと足を向けたら、そちらの方向には侵入者たちのものらしき泥のついた足跡が数え切れないほどあった。
「実に嘆かわしいことだ」
ボクの腕の中でぽつりと呟いた先生の声は明らかに沈んでいた。
自分の住んでいた場所がこうも傷んでいるのを見て心も痛むんだろう。
「見たまえ」と先生が小さな翼で一方向を指し示す。
「『永久不滅♡愛』『うちらずっ友』などと描かれているが、描いた者はこの宮殿で起きた惨劇を知らないのだろうか? 少なくとも友情や愛情を確かめあうのにこの宮殿ほど不吉な場所もないだろうに。…ああ、あちらの髑髏はなかなかに芸術点が高いな。もっとも、こんな廃れた場所にあっては何の意味ももたないが」
「そういえば、先生って芸術が好きなんだったっけ? 生前のコレクションが国の美術館に収められてるんでしょ?」
「よく知っているな。その通りだとも。簒奪者たちに奪われずに済んだ代物はすべて国立の美術館に収蔵されているはずだ」
「今度美術館まで見に行ってみる?」
「見たいような見たくないような…」
「ここが諸侯と謁見した部屋だ」
さすがに玉座は空っぽだろう、と思っていたけれど、座面には丁寧に折り畳まれた深紅の布、その上には宝石のない錆びた王冠が置かれていた。
「ああ、懐かしい! 君、もっと近くに寄って見せてくれ!」
「わっ、ちょっ、暴れないでよ、先生」
腕に抱えていた先生が突然興奮して暴れた。
もっとも、先生は他人から見ればただのペンギンのぬいぐるみにしかすぎず、翼でぺしぺしと腕を叩かれようと、平べったい黄色の足でぱたぱたと蹴られようと、ボクには痛くもかゆくもない。
興奮冷めやらぬ先生に、試しに王冠を手渡すと、先生は二つの翼で器用に持ってじっくりと王冠を眺める。
先生が王冠に気を取られている間に、ボクは座面の深紅の布をどかして、思っていたよりは古びていない座面、おそらくは深紅の布が汚れを防いでくれたおかげだろう、に先生を座らせた。
ペンギンと玉座。
ボクが歴史や美術の教科書で見た、あの絵画に描かれた王様らしい王様の出で立ちとは全く異なる。
「ふむ、このビロードの座り心地をまたこうして味わえるとは夢にも思わなかった。さすが王室御用達。極上のふかふかだ。君の家のスプリングがへたったソファとは比べるべくもない」
「毎日そこで寝てるくせによく言うよ」
ぬいぐるみ特有のふかふかなお尻ではたして椅子のふかふか加減がわかるのかどうかはともかく。
先生はどうやら王冠を被ろうとして翼を頭の方へと懸命に伸ばしてはみるものの、ぬいぐるみの形状的にどうしても翼が折れ曲がらず王冠が届かないみたいだった。
先生は無言でボクの顔と、自分の手の中にある王冠とを見比べる。
仕方がないので、ボクは先生の手から王冠を受け取って先生の頭に載せた。
しかし、先生の頭と王冠の大きさとを比べると、どう見ても王冠のほうが大きく、頭に載せるというよりも王冠に体を通そうとして嘴が引っかかってしまったような格好になった。
「この体では無理があったか…。確かに、一介のペンギンとなった身にこの王冠は相応しくあるまい」
もう誰も被る人のいない王冠を抱える先生の、ビーズでできた黒目が潤んだように見えたのはボクの気のせいだろう、とは思う。
「先生、ちょっと上向いて」
「上? 何故だね?」
「いいから」
ボクに押されて素直に先生が天井を見上げた隙に、嘴、頭の順で王冠をくぐらせた。
王冠は翼を広げた先生の翼の付け根部分に辛うじて引っかかる。
「ふむ、考えたな。これはいい」
その様は王冠というよりも首輪に見えなくもないけれど、ご満悦な先生には黙っておこう。
椅子から下ろした深紅の布を、その表面に積もった埃を軽く手で払ってから広げてみた。ただの布ではなくマントだ。
思っていたよりも大きなマントを試しに肩から羽織ってみると、長い年月放置されたせいで畳み皺がくっきりとつき、長い裾は床についてもまだ余りがあった。
一歩、二歩と歩けば裾をずるずると引きずってしまう。けっこう重い。
「それは普段使いのマントだな」
「こんなの着て歩いてたの? すっごく歩きづらいんだけど、先生ってすごく背が高かった?」
「いや、そんなことはない。身長は君とさほど変わらないだろう。王様らしい見た目というものも必要なのだ。実用性は二の次だ」
「ねぇねぇ、似合う?」
「全く。威厳のいの字もない」
「だと思った。っていうか、今の先生が着たら、これこそ本物のキングペンギンじゃない?」
「何度も言わせるな。私は誇り高きジェンツーペンギンだ」
「お前の洒落はつまらん」と呆れる先生は、自分が王様というよりも王子や姫が忘れていったオモチャにしか見えないことに気付いていない。
「先生、ボクも椅子に座ってみたい。ダメかな…?」
「いいとも」
ちょっぴり勇気を出して尋ねたボクの覚悟を不意にするかのように、先生は鷹揚に頷いた。
「私や歴代の王族に対する配慮をしているのならば、それは不要だ。昔はこの椅子に座ることにはそれなりの価値があったのかもしれないが、今となっては主人を失った、ただの古い椅子だ。道具というものは使われず、忘れ去られ、埃を被ることが何よりも悲しい人生だ、と私は思う」
先生を再び腕に抱え、羽織ったままのマントの裾を踏んでしまわないように注意を払いつつ、かつては王様しか座れなかった椅子に一般家庭出身のボクが座った。先生は膝の上にちょこんと納まった。
玉座から見渡す謁見の間はがらんどうだった。
かつてはここを埋め尽くすほどの従者がいたはずだけれど、ボクと先生が黙りこんでしまうと何とも言えない重さのある空白が横たわった。
「わあ、一段と酷い有り様だな!」
寝室を一目見るなり、先生は大きな声で言った。
ベッドに敷かれたシーツや布団は埃を被ってくしゃくしゃになっているし、天蓋は形を留めていたものの、目隠しするための布は乱暴に引きちぎられていた。
ベッドサイドの小さな棚は引き出しという引き出しが全て引き抜かれ、空っぽの中を見せて床に落ちている。
棚の前には枯れた植物と粉々の陶器があった。花瓶かもしれない。
化粧台の小さな引き出しさえご丁寧に引き抜かれ、曇った鏡には大きなヒビが放射状に入り、台と椅子の足元には化粧品らしき小瓶が散らばっている。
「ねぇ、本当に先生が探してるものってここにあるの? 目ぼしいものなんてなさそうけど…」
「そこの化粧台に行ってくれ」
「ねぇ、やっぱり今からでも返しにいかない? ボクたちこれじゃあ窃盗犯の仲間入りだよ? そのうち指名手配されたりとか…」
「ふん。持ち主が自分のものを取りに帰ってきただけだ。何が悪いと言うのか」
腕の中で先生は偉そうにふんぞり返る。
その首には玉座で被せたあの王冠がまだ引っかかっている。
「そりゃそうなんだけどさ、警察がその言い分を信じてくれるとは思えないな…」
そもそも喋るペンギンのぬいぐるみという時点で妖しさ満点だろう。
「だいたいこの王冠はだな、昔は宝石がいっぱいで、それはそれは輝かしかったんだ。泥棒も王冠そのものを盗めばいいものを、金になりそうな宝石だけ剥ぎ取っていって、今じゃ金属の塊に過ぎない。こんなもの、誰が価値を見出して欲しがる」
「金銭的な価値はなくても歴史的な価値はあるんじゃ…」
「価値が見出されたなら、今頃この王宮は警備兵と美術品の鑑定士でいっぱいだろう。宝物は厳重に管理され、私たちが近づくこともままならなかっただろうとも」
カット
Latest / 102:48
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
2022/03/25 王宮探検隊(仮)
初公開日: 2022年03月25日
最終更新日: 2022年03月26日
ブックマーク
スキ!
コメント
書きかけで放置していた話に手を加えてもうちょっとどうにかする配信。音声なし。おそらく突然長考したり突然終わります。ボクと先生が廃虚の王宮を漁る話。