「…それから北の方に向かうつもり」
心地よい揺れのせいで、うつらうつらとしていたら、重要な話を聞き逃してしまったらしい。
「え、何?」
咄嗟に聞き返した声は自分でもわかるぐらいに寝ぼけていて、隣に座っていた相棒からは盛大な溜め息がもれた。
重たい瞼をなんとか持ち上げて表情をうかがうと、相棒はしかし俺が思っていたほど不機嫌でもなさそうだった。
「聞いてなかった?」
「ごめん、眠くて」
「まあ、確かにこの時間って眠くなるけどさ。暖房あったかいし、揺れてる感じも気持ちいいし」
「だよね」
「だよね、じゃないでしょ」
「ごめんってば」
「ったく」と口を尖らせた相棒は、手に持っていた携帯端末に表示された地図を俺にも見えるように差し出した。
画面中央には、俺たちの乗っている電車の終着駅であるC駅が表示されている。
「C駅とD駅の間が運休してるって話はしたでしょ? だから、俺たちはC駅で降りて、そこからバスに乗り換えてD駅まで行こうって話してた」
「うん」
「だけど、今調べてみたら、この天候でC駅から出てるバスも運休してて」
「…そうなの?」
窓の外を見ると、乗車前とは変わらず一面に白い世界が広がっていた。昨夜から降りしきる雪は午後に入ってやや勢いを落としたものの、街は依然として白色に染まり続けている。
機械音痴な俺にはどうやって操作したかわからないけれど、相棒は地図を画面からいったん消して、代わりにニュースサイトの記事を呼び出した。
そこには確かに、俺たちが乗る予定だったバスの運休のお知らせが記されている。
「D駅から先はどうする?」
「移動手段はバス以外にも色々あるけど、この天気だし、今日はこれ以上先に進むのは諦めたほうがいいと思う。天気予報でもさ、一日中雪の予報が出てる」
バスの運休のお知らせからまた相棒が操作して、今度は天気予報のページが表れた。
現在の時刻午後三時には雪を表す雪だるまのマークがついており、それが一時間おきに、明日の朝方までずらりと並んでいる。
今日中にF地区入りしたいと思っていたけれど、断念したほうが良さそうだった。
「じゃあ、どっか適当に泊まるところを探して…あ、でも、この天気じゃどこも一杯かな」
「そう思って、君が寝てる間に、C駅前のホテルに空室を見つけて予約を取りました」
天気予報のページから今度はどこかのホテルの予約状況を示すページが開かれ、「予約が完了しました」のメッセージが表示されている。
「こんな感じだけど」とホテルのページに掲載されている部屋の写真を見せてもらったが、寝泊まりするには充分な設備だった。
「さっすが! 俺一人だったら危うく駅のホームで一夜を過ごすところだったね」
「機械音痴も程ほどにしないとこれから困ることばっかりだよ」
「何のために君と相棒になったと思ってるんだ」
「少なくとも君の代わりにホテルを予約するためではないよ」
「また今度やり方教えるから」と相棒は苦笑する。
特殊技能を持つ相棒は俺たちのチームに来た時から一人で行動することが多く、誰かとペアを組んで仕事をすることはなかった。
チームでの仕事にヘルプを頼めば嫌な顔をせずに二つ返事で来てくれるし、任せられた仕事は淡々と着実にこなすし、自分の意見ははっきり言う一方で他人の意見にもしっかりと耳を傾ける。
俺としては相棒に真面目で働き者という印象を受けたが、相棒は愛想がなく、特定の誰かと親しくなるような素振りも見せなかったので、チームでは腫れ物扱いされてもいた。
一匹狼タイプで、人とつるむことが嫌いなのかもしれない、だったら俺からガンガン話しかけるのは迷惑かな、と勝手に思っていた。
それが、ボスの命令で俺と相棒とがペアを組むことになり、いくつかの仕事を共にこなしていくうちに相棒への印象は様変わりした。
「まもなくC駅に到着します」
車内アナウンスが流れ、悪天候のために速度を落とした電車はC駅に滑り込んだ。
足元に置いていたリュックサックを背負い、扉へと向かう。
「さっむ!」
「寒いなぁ」
辿り着いたC駅は思っていたよりも人が多く、俺たちのように足止めをくらったらしき乗客が改札口の外にたまっていた。
外は無風で、雪はまっすぐに空から落ちてくる。
駅前の道は白い雪で覆われており、いや、雪で覆われてないものなんて見渡す限りないけれど、地面には大勢の人々が通った跡がくっきりとついていた。
バス停は閑散としていて、代わりにタクシー乗り場には長蛇の列が出来ていた。
傘を持たない俺たちはコートのフードを深く被り、相棒が携帯端末で地図を確認しながら、予約してくれたホテルへと足早に向かう。
「あ、コンビニ寄ってく?」
「え、コンビニ? どっかにある?」
「ほら、あそこ」
「本当だ。地図には載ってないのに」
ホテルへ向かう途中、全国チェーンのコンビニの看板を見つけた。
相棒が見ていた地図には何故かコンビニが表示されていない。
「そうだね。食料を調達しておこう。また後で来るのも面倒だし」
相棒が頷き、俺たちはまっすぐにコンビニへ向かった。
俺の持ったカゴにそれぞれが欲しい食べ物や飲み物を入れ、会計はまとめて相棒が支払い、荷物は俺が持つ。
駅から歩いて十分ほどのところにある、と聞いていたけれど、体感としてはもっと時間がかかったように思う。
寄り道もしたし、何よりこの天気のせいで視界も足元も悪く、雪国とはとんと無縁な俺たちは慎重に歩かなければならなかったからでもある。
それでも俺も相棒も一回ずつ転んで、なんとかホテルに着いた。
受付は相棒がさっさと済ませ、予約してくれていたツインのルームに入る。
いわゆるビジネスホテルのため、部屋は寝泊まりに必要最低限のものだけが揃っている。
「あー、疲れたー」
「そうだな」
二人で部屋の窓のカーテンを閉める。
俺は買い物袋をテーブルの上に置き、その足元にリュックを置いた。
相棒はと言えば、すでに窓側のベッドを自分のものと決めたらしく、背負っていたリュックをベッドの足元に置いた。
特に示し合わせたわけでもないけれど、どの宿でも出入り口側のベッドは俺、窓側のベッドは相棒とは暗黙の了解だ。
「暖房いれよう。寒い」
「えーっと、エアコン…これかな?」
エアコンが稼働するのを確かめて俺たちは着ていたコートを脱ぐ。
コートに積もっていた雪はホテルに入ってから溶け、撥水防水加工の施されている表面には水滴が浮いていた。
クローゼットのハンガーにかけるだけでも水滴が落ちたので、この分ならすぐに乾きそうだ。
「予定変更したこと、チームのチャットに書き込んどく」
「任せた」
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2022/03/22 三題噺「白色」「機械」「壊れたトイレ」
初公開日: 2022年03月22日
最終更新日: 2022年03月28日
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コメント
三題噺とは、三つのお題を使って即興で作るお話です。今回のお題は「白色」「機械」「壊れたトイレ」の三つです。診断メーカー「三題噺のお題メーカー」からお借りしました。
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