「瑠樺ちゃん!」
 その時、流夜に強く名前を呼ばれた事によって瑠樺は気を取り戻す。
 咄嗟に顔を上げると、流夜がこちらを心配そうに覗き込んでいた。
 悲しそうな流夜の瞳を見て、瑠樺は少し感情が暴走してしまった事を後悔する。
「大丈夫です、落ち着いてください。瑠樺ちゃんは悪い事したわけじゃないんです」
 瑠樺の心を包み込んで安心させるような、優しくて心地よい流夜の慰め。
 顔を上げる瑠樺の瞳には、今にも溢れそうな涙が浮かんでいた。
「瑠樺ちゃんの事だから、蓮さんが怪我した原因を自分だと思って気にしていたんじゃないですか?」
「っ……!」
 その言葉を聞いた瑠樺は、瞳を大きく見開く。
 同時にぽろぽろと溢れ出す涙は、頬を勢いよく伝って床にシミを作った。
 時が止まったかのように目を見開いたままピクリとも動かない瑠樺。
 けれど涙だけは止まることなく、流れ続けた。
 流夜は何も言わずに瑠樺へハンカチを差し出す。
 そんな瑠樺を見つめるその表情は少しだけ眉を寄せて悲しんでいたが、口元は反対に静かな笑みを浮かべていた。
 そして、瑠樺は控えめに声をあげて差し出されたハンカチを受け取る。
「瑠樺ちゃんは、本当に優しいんだね」
 割れ物にそっと触れるような流夜の声色もあり、瑠樺は気持ちに整理がつく。
 そうだ、本当はすごく恐かった。
 蓮が大怪我したあの時、家族だけでなく蓮までいなくなってしまうんじゃないかと、息が詰まるような感覚を覚えたのを記憶している。
 それから蓮の傷が完治しても、あの時の恐怖と己の不甲斐なさは消えずに心に残っていたんだ。
 自分が弱いから。自分があの時、余計な事を口にしたから。
 先程までは少なくとも、そう思っていた――
 ――そうだ、私は慰めて欲しかったんだ。
 自分は悪くないんだって、怖かったよねって……そんな言葉が欲しかった、それだけ。
 心の奥底に閉じ込めたフリしていた瑠樺の辛い感情は、流夜の暖かい言葉と行動によって夏日に照らした氷のように溶けていく。
「ねぇ。瑠樺ちゃんはあの時どうしたかったんですか」
 優しく問いかけてくる流夜の声は、風鈴のように心地よい。
 自分の気持ちを――決意を問いただすように、瑠樺は胸元に手を当てる。
「力に、なりたかった。蓮さんを守りたかった」
「それは、どうして――?」
 流夜の言葉に瞳を閉じて今までの蓮との記憶を思い出す。
 家族を失い一時は命をも絶とうとしていた瑠樺に、蓮は生きるキッカケをくれた。
 ――例え蓮がどんな悪人だろうと、蓮がいなければ私は今ここにいない。
 大変な事もたくさんあったけど、それでも”私”にたくさんの喜びをくれた人だから。
「蓮さんには傷ついて欲しくないから……笑っていて、ほしいから」
 その時に見せた瑠樺の笑顔は、男女問わず誰でも心を奪われるほど愛らしく幸せそうなものだった。
 脳裏に浮かぶのは、たまにしか見せない蓮のとびっきりの笑顔。
 蓮は笑わない訳ではないが、かといって特別よく笑う人でもない。
 だからこそ、蓮の笑顔を守りたい。そう瑠樺は強く思っていた。
 瑠樺の笑みを見た流夜は、少し安心したのか息をゆっくりと吐く。
 そして気持ちを固めた瑠樺に合わせるように、熱意の籠った瞳で瑠樺と視線を合わせた。
「……じゃあ、瑠樺ちゃんはこの先どうなりたいですか?」
 カウンターに頬杖をつくと、少しだけ意地悪そうに目を細めて瑠樺に答えを促した。
 それに対して瑠樺は、紫紺の瞳をキラキラと輝かせ、食い気味にカウンターテーブルに両手をついて軽く身を乗り出す。
「強く、なりたいです! 蓮さんを守れるくらい、強く――!」
 歯を見せて、頬杖をつく流夜を見下ろしながらニカッと笑う瑠樺。
 瑠樺がテーブルに手をついた際の『ドンッ』という音と、勢いよく身を乗り出し二人の距離が急接近したというのに流夜は驚く反応すら示さない。
 そして何やら嬉しそうな、少しニヤッとするような笑みを浮かべた後、流夜は頬杖から顔を上げてバーカウンターの奥にある扉へと振り向いた。
「――だそうですよ、蓮さん」
「俺を守れるくらい、か。随分大きな目標持ったな瑠樺」
 流夜が口にした名前、その人物はつい先ほどまで話題に上がっていた人物で。
 壁の向こうから蓮が姿を現すと同時に、瑠樺の背筋に冷たいものが走る。
「なっ?! い、いつから話聞いてたんですか!?」
 話を聞かれていた。その事実に瑠樺は込み上げる恥ずかしさを抑えきれず、顔を赤らめて思わず席を立った。
 気づいてたなら言ってくださいよ。
 蓮が聞いていると分かっていながらも黙っていた流夜に、瑠樺は睨みつけて不満を伝える。
「さっきだよ。全く……隙しか無いな」
 蓮は半分呆れ気味に、けれどもう半分はどこか楽しそうに呟く。
 そして腕を組んで壁にもたれたかと思うと、黄色の双眸がこちらを向いた。
「いいよ、強くなりたいなら徹底的に特訓してやる」
 蓮から放たれた一言は、瑠樺の強くなりたいという気持ちを大事にした故の発言だ。
 ただ、”蓮を守りたい”と気持ちがある以上、蓮自身に特訓してもらう事に瑠樺は少しだけ不満を持つ。
 強くなる為ならなんでもいっか。
 そう思う瑠樺の感情に、少しでも蓮と関わっていたい思いが混ざっていたのは本人も気づいていない。
「じゃあ――身体に直接叩き込むから、覚悟しとけ」
 まるで獲物を追い詰めた狼のような鋭く愉しげな視線に思わず体がピクリと硬直する瑠樺。
 ぺろり。下唇を丁寧に舌なめずりするその仕草は、瑠樺本能的な危機感を与えた訳で。
 ――まずい、あの顔は変な事考えてる時の笑みだ。
 身の危険を感じたところで、今更逃がしてくれるわけもないだろう。
 瑠樺自身が望んだこととはいえ、こんな風になるとは欠片も思っていなかっただけに冷や汗がしずかにこめかみを伝った。
「お、お手柔らかに……」
 苦笑いする瑠樺と、にっこり笑顔で指を鳴らす蓮。
 そして、そんな二人を見てクスクスと笑う流夜。
 その後のバー内で、逃げ回る瑠樺と捕まえようとする蓮で鬼ごっこが始まったとか始まってないとか。
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悲願のバレット 46話
初公開日: 2022年03月25日
最終更新日: 2022年03月25日
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コメント
家族を殺された少女による復讐のガンアクション小説です。
小説家になろうとカクヨムで投稿してます。尚、初稿。
集中するためコメント返せません。あしからず。
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