第二話 ニートヒーローはランチを食べない
 私は今回、たちばな市に行ってきました!
 おすすめは漁港の朝市と、駅前のアーケード商店街。新鮮なお刺身に海鮮丼、出来立てほかほかの牛肉コロッケはもちろん美味しかったです!
 それに……な、なんと! たちばな市は、あの有名なアイドルグループ『SHINE』(シャイン)の地元なんだそうです。実はにわかファンだった私、今この瞬間まで気づきませんでした……! 商店街には、メンバーのご実家のもんじゃ焼き屋さんもあるそうです。行ってみたかった〜!
 電車でも車でも行きやすい場所です。と〜っても素敵なのでぜひ一度行ってみてください!
 私も、もんじゃを食べにもう一回行こうかな? なんて計画しています(笑)
「こんな綺麗なもんじゃないけどね」
 誰かがまとめた観光wikiの文字を追いながら、適当にホイールを回す。いつからか、この街に訪れた人々の感想を見るのが日課になっていた。スクロールしても色の変わったリンク先ばかり。新しい情報は埋もれてないようだ。
 固まっていた肩をほぐすのに背伸びをすると、カーテンの隙間が明るくなっているのに気がついた。
「寝よ」
 カチャカチャ。
 ガチッ。
 部屋の鍵を強引に開ける音が、レム睡眠の脳内に跡を残していく。
 強盗か、はたまた男の一人暮らしに侵入する物好きか?
 どちらにせよ睡眠のほうが優先度が高いので、音を遮断するためにタオルケットに潜った。このタオルケット、いつから一緒に暮らしてるのか忘れてしまったけれど、ゴワゴワ感は気に入っている。布が縮んでいる訳でもないのに最近小さくなってきた気がするので、足を折りたたんで面積を小さくする。安心する。あったかいは正義だ。
 ゴチッ。
 乱暴に靴を投げたあと、無遠慮にドテドテ歩く音が布団越しでも聞こえた。
「おはようヒーロー! 今日も元気にニートしとった?」
 物好きのほうだった。最悪。
「新聞ですか、テレビの契約ですか、ネットで十分です」
「ネットは興味あることしか教えてくれんよ」
 布団越しに覗くと、物好き、もとい京乃(きょうの)さんによってカーテンが開かれていた。攻撃的な日光が照らしてくる。そんな光線、僕には効きません。
「ほら! 今日もこんなにヒーロー日和だよ!」
「まだ朝じゃないですか」
「もう朝だよ!」
 太陽も組み伏せる笑顔が目の前まで迫ると、タオルケットを引っぺがしてきた。
「きゃーヘンターイ」
「依頼来てんだから、早くおーきーて!」
「おまわりさーん」
「こんなところまでお巡りさん来れんよ!」
 ここは高層マンションの四六階。日によっては霧の中にある。一一〇番しても何分かかることやら。ここは警備が厳しいから、警察官とマンションの警備員がごっつんこするかもしれない。その間に京乃さんは逃げてしまう。
「分かりました。起きます、起きます」
 この人相手に大捕物しようなんて、僕は思わない。勝ち目のない戦は逃げるが勝ち。今の僕は香箱座り。タオルケットを取られて寒い。
「素直でよろしい」
 満足げな顔をしている。これが噂に聞くドヤ顔か。今や天然記念物だな。
「依頼はなんですか、自宅警備員ですか?」
「うーん、警備員じゃなかったけど……」
 京乃さんはジーンズの尻ポケットからくしゃくしゃになった依頼書を取り出した。それ大事なやつじゃないの。
 床で押さえながら広げたかと思えば、力が強すぎて破った。ベージュ色(枯草色)の髪が大きく揺れる。
「あーらら……まあいいや」
 いくないよ?
「印刷し直してきたほうがいいんじゃないですか?」
 これで五分稼げる。
「ええと、今日は子守りの依頼だね」
 お得意の聞こえてないフリ攻撃! 僕のHPは残りわずか!
 しかし、子供ね。割と苦手。あいつら言葉が通じないんだもん。
「今日参観日の振替休日で、お父さんが急な仕事入っちゃったけん子供の面倒を見て欲しいんだって。昼ごはんまで。小学生のお姉ちゃんと保育園の弟と妹。名前はえ〜とりき? 宙(うちゅう)? ゆ、た?」
 そこ破れてるから読みにくいね。
「本人に聞くんでいいです」
 聞かないけど。
「あ、そう?」
 これ待ち合わせ場所ね、と言って黄色の付箋を渡してきた。わぁ〜アナログぅ〜。
「じゃあ早く着替えて!」
 パンパンっと手を打って行動を急かしてくる。僕は芸をする犬ですか、せっかちさんめ。
 身体の節々を伸ばしながら立ち上がり、部屋と廊下を隔てる壁に備え付けらたロッカーを開ける。取り出したヒーローコスチュームには洗濯完了の札が付いている。いつもながら丁寧な仕事だ。僕にはもったいない。
「あの、着替えたいんですけど……」
 コスチュームを抱えながら京乃さんを見遣ると、あ! と大きな声を出して
「ごめんね恥ずかしいよね」
 部屋からそそくさと出ていった。変なところで物分かりのいい人だ。
 プライバシーが確保されたところで、さっそくスリープ状態のデスクトップパソコンを叩き起こす。
 昨日のままの検索画面をリロードし、新鮮な情報を探す。一度齧った餌はもういらない。古い情報は腐っている可能性があるから見なかったことにする。今日の配給はないようだ。
 ブルーライトで目が覚めたところで、メールのチェックをする。弟に頭を下げて、木更城事務所に届くメールは全部ここで見られるようにしてもらった。ただの好奇心だ。僕が見たところで何も影響はないだろう。
 今日の新着は二件。『玩具バイク車両区分の再確認』『盗撮冤罪の証言内容について』
 どちらも警察署長からだった。双子が乗り回すバイクは何度説明してもおもちゃだと理解してもらえないらしい。余すところなく改造を施されたゴツい見た目で子供のおもちゃと言い張るのもちょっと厳しいけど。それよりも……
「京乃さんがまたやらかしたんかな……」
 いつも大変お世話になっております。
 本日早朝、三角公園にて野鳥の撮影をしていた男性から通報があったと報告を受けました。
 男性が言うには、フェンスに停まった鳥を撮影しようとカメラを構えていたところ、見知らぬ女性に声を掛けられカメラを奪われたとのことです。女性は盗撮を疑ったそうですが、男性が説明するとカメラを返却したそうです。万が一、木更城さんのお嬢様であった場合、事後対応が必要かと存じますので僭越ながらご報告差し上げます。
 やっぱり京乃さんがやらかしていた。しかも、ほんの一、二時間前の出来事らしい。
「いつものことなんだから、こんな仰々しいメールしなくてもいいのに……まあ、しょうがないか」
 寝起きのルーティーンも終わったので、いい加減着替えるとしよう。
ヒーローコスチュームは文字通りただの服。ニット生地のハイネックとジーパンと靴下だけ。これがあれば凡庸な少年に変身できる便利アイテム。
「着替えた?」
 靴下を片っぽだけ履いたところで、廊下から顔だけ覗かせるせっかちさん。じっとしてるのが苦手だから、電灯のスイッチが弄ばれている。チカチカして眩しい。
「まだ〜?」
「一分も経ってないですよ」
「え、うそ?」
「ほんとです」
「ねえこの『急な仕事』ってさ〜……」
「はいはい、行けますよ」
 暇を持て余した京乃さんがいらんことに首突っ込む前に、髪を結んでマンションを出よう。
「いってらっしゃい!」
「……はい」
 京乃さんはいつも通り両手をぶんぶん振って送り出してくれた。ほこりが舞う中、僕はエレベーターに乗り込んだ。
 付箋に書かれた待ち合わせ場所は、森に近い住宅街のボロアパートだった。
 苔の生えた赤茶色の瓦屋根と、雨垂れが残る白い壁。通路には年代ものの洗濯機、茶色くなった室外機、角にある共用トイレ。猫の額のほうが広い庭にはススキが茂っていた。周りには似たり寄ったりの家が並んでいる。
 表札を確認して古びたインターホンを鳴らすと、幼い女の子が出てきた。ランドセルがぴったり似合う顔立ちは、五、六歳くらいだろうか?
 チェーンが突っ張ったドアの隙間から僕をじっと見るだけなので、
「ご依頼ありがとうございます、ニートヒーローです」
 言ってみると、
「さいとうりらです!」
 元気なご挨拶できてえらい。この子とは良い関係が築けそうだ。
「あっ」
 急に何かを思い出したように、奥に行ってしまった。残念。
 二センチほど隙間ができたドアから漏れ聞こえる会話に耳を澄ますと、
「ニートヒーロー来た!」
「ニートヒーロー⁉︎」
「なに〜?」
「パパが言ってた人!」
「どこ〜?」
「玄関来とる!」
「見にいこ!」
「ゆちゃも〜!」
 三人分の甲高い興奮した声と足音が近づいてきた。と、思ったらいきなりドアが開け放たれた。
「がっ⁉︎」
 鼻打った。子供の視線も鼻も痛い。二重苦。メビウスの輪を緊箍児にされたようだ。助けて神様仏様三蔵法師様。
「これ〜?」
 ほほう、さっそく物扱いですか。
 見上げると、ドングリまなこが愛くるしい少女二人と、目の形がよく似ている可愛らしい少年一人。こんなに一度に摂取したら何かに目覚めてしまうかもしれない。
「鼻血出てるよ」
 マジかよ。
「すみませんティッシュとか無いですか?」
「ティッシュあるよ!」
 少女二人のうち、最初に出てきたお姉さんのほうが部屋の奥からポケットティッシュを持って戻ってきた。
 ビニールから取り出すと最後の一枚だった。幸い出血も少ないのでとりあえず鼻に詰める。その間も子供三人の視線を集めたまま。恥ずかしい。
 玄関の内の安全地帯から動かない三人だったが、不意に弟くんが口を開いた。
「お家入んないの?」
 入ってよかったんですか? こちら今のところ鼻血出しただけの不審者ですが。
「一緒に遊ぼ〜こっち〜」
 妹ちゃんが手を引っ張って招き入れてくれた。柔らかい手と優しさが心に沁みる。
 部屋に上がると、そこには街が作られていた。コップの二階建て、お皿の平家、カラフルなチラシの道路。ちゃぶ台の上に手のひらサイズの三体のぬいぐるみが死体のように転がっている。どうやら鬼の居ぬ間におままごとの最中だったらしい。
「ここモピーの家」
 お姉ちゃんはピンク色の熊のぬいぐるみを一際高い『家』に立たせた。胴体をぎゅっと掴み、片足ずつ動かして歩かせている。
「お出かけするよ!」
「いいよ」
「ニートヒーローこれ〜」
 妹ちゃんに小さい人形を渡された。老若男女誰もが知るビッグタイトルのゲームのメインモンスターだ。これは確か、バスボム専用の限定サイズだ。しかも発売に合わせて表情がリデザインされた貴重品ではないか。店頭販売のみで、いまだにネット販売の告知がされず、焦らすのが上手い運営だ。僕はもちろん正規ルートが出るまで買わない。
「新しいママ可愛いの。明日〜可愛いお洋服買う。ゆちゃピンク〜」
 妹ちゃんがいっぱい喋ってくれる。陰キャに優しい女児ありがとう。
「あんね、おっきいわんちゃんぎゅってする」
「へえ、いいっすね犬飼ってるんすか」
「おっきいやつ〜」
「どこにおるんすか?」
 言っちゃあ悪いが、大型犬が飼えるような家には見えない。イマジナリーフレンドか?
「首輪赤いので〜、お洋服はピンクの〜」
 妄想のほうか。
「ニートヒーロー犬おる〜?」
「いやあ、二人分の命飼うほどの甲斐性ないですね」
「みんなお世話する〜」
「いいっすね」
「ピンクの〜わんちゃん〜」
「いいっすね〜」
 精神年齢が下がっていくのを感じる。この時間がずっと続けばいいのに……。心地よさに浸っていると、弟くんが前触れもなくすくっと立ち上がった。
「おなか減った!」
 玄関横にはキッチンスペースがあり、キャリーバックぐらい小さな棚が置かれている。扉を開けると、中には白い照明に照らされる麦茶。一リットルのペットボトルが窮屈そうに斜めに押し込められている。冷蔵庫だったんだ、それ。
「ごはんない?」
「ないよ。『いちはら』で買うんだよ」
「『いちはら』行く!」
「やった〜!」
 弟くん、妹ちゃんは大喜びで飛び跳ねている。
 『いちはら』は、たちばな市を中心に展開している地元スーパー。野菜と魚が新鮮で美味しいとサイトに書いてあった。南の山脈から流れる綺麗な水に栄養が豊富なんだとか。お寿司と特製ドレッシングが人気らしい。
「なに買うんですか?」
「お弁当」
「へ〜、お弁当も買えるんですか」
「お弁当やだ〜」
「やだ〜!」
 『お弁当』と聞いた途端、床に寝転んでジタバタする弟妹ズ。さっきはあんなに喜んでいたのに。
「だってりら作れんもん」
 不満を体で表現する二人を尻目に、お姉さんは箪笥の引き出しをゴソゴソ漁っている。
 取り出したるは白い封筒。ATMに添えられているシンプルなデザイン。端に『いちぎん』のロゴマークが入っている。
「ご飯のお金これ。パパがニートヒーローに預かってもらってって。ニートヒーローの分あるよ」
 それは重大な責任が伴うやつじゃん! 豪遊しちゃうぜ?
 軍資金を手に入れたので、食料調達の旅に出る御一行。
 しかしアパートを出るまでが長かった。「そら鍵閉めれるよ!」という弟君の一言を発端に「りらが言われたんだよ!」「ゆちゃが〜」「そらできる!」と誰が鍵を閉めるかで一悶着。機嫌の悪い弟妹は自分が締めると譲らず、二人とも泣き出した。処理しきれずにお姉さんも爆発してしまい、結局一人ずつ締めて開けてを繰り返すことでどうにか収束した。
 それから踏切を越えて、しばらく歩いて、猫を追いかけて、二十分後。辿り着いたのは『フレッシュマーケットいちはら』。仮免生でもピッタリ停めやすいだだっ広い駐車場と、ぽつんと頭上に掲げられた看板はまさしく田舎のスーパーだ。
 お昼の時間帯だからか、駐車場は八割ほど埋まっている。なかなか繁盛しているようだ。
 ここで軍資金を確認しておく。
 ロゴマークが輝く白い封筒。厚みはあまり無い。というか全然無い。
 封筒を振っても祇園精舎の金の声は聞こえない。硬貨は入ってなさそうだ。中を覗くと千円札が一枚。諸行無情なり。
 店内に入ると、三人は一目散に走り出した。買い物かごを使わないほうが節約になるという噂は本当だったのか。
 追いかけていくと『スナック菓子・チョコレート』のサインの下、棚二面分にずらりとお菓子が並ぶエリアだった。
 保護者同伴のキッズに混ざって、三人はそれぞれ別のお菓子を物色している。
 お姉さんはキャラクターの顔のチョコを手に取って、僕にずいっと押し付けてきた。丸い顔に真っ赤な鼻と頬が大人気のキャラクターだ。
「りら、これ!」
「これご飯すか?」
「違うよ! おやつだよ!」
 おやつを買う懐の余裕はありません。その自信はプライスレスですか?
「ご飯のあとで食べるんだよ!」
「おやつは知ってます。そうじゃなくて……」
「ご飯見てくる!」
 ……行ってしまった。
 残されたのは、屈託のない笑顔を浮かべるチョコレートひとつ。あなたのように身を犠牲にした無償奉仕ならともかく、対価交換ではあなたの顔は重すぎます。元の場所にお戻りくださいませ。
 妹ちゃんは棚の前にしゃがんで物色していた。視線の先には、ココアビスケットに真っ白いクリームが挟まったお菓子。二個入りの小さな小袋。
「ゆちゃ好き」
「ふ〜ん」
「ニートヒーロー好き?」
「食べたことないですね」
 妹ちゃんは僕の顔をじっと見たあと、ビスケットをひとつ掴んでお姉さんのところに走っていった。
 僕、置き去り。
 あやつ、やりよる。
 一方その頃弟くんは、売り場の隅で小袋を真剣に見比べていた。
 カード五枚とガム一個が入った戦隊モノのパックだ。ほほう、それは今期放送中の『エイカード』じゃないか。
 顔が良いだけの主演俳優かと思ったら演技もできるタイプで、ネット民の評価爆上がり中の作品だ。お目が高いな君。だが、カードじゃお腹は膨れないぞ。
「それ買うんですか?」
「買って!」
「無理です」
 こちら所持金千円ですので。そのカードは五枚入り四百円。
「じゃ、いい!」
 弟くんは小袋を乱暴に戻し、別のお菓子を見に行ってしまった。
 そして取り残される僕。姉弟って似るんだな。
 お惣菜コーナーというものをはじめて見た。まるでシェフのいないバイキングコーナーのようだ。
 ずらりと並んだ多種多様なサラダとドレッシング、派手なパックに詰められた寿司、公衆の面前に晒された揚げ物たち。テキ屋の景品のように『私を一緒に連れて行って』と言いたげに見つめてくる。
 揚げ物コーナーの中央に置かれた『メンチカツ』が美味しそうだ。中身は肉だろうか? 隣のコロッケやハムカツとの違いは分らないけど、値段が少し高いから良い油でも使っているんだろう。三日ぶりの昼食はこのメンチカツにしよう。
「あちっ!」
「なにしてんの? あれに入れるんだよ」
 お姉さんが示したのは、揚げ物バイキングのすぐ横にひっそりと置かれた台。細長いトイレットペーパーのようなものが浮いていて、下のテーブルには透明パックと輪ゴムの箱が置かれている。
 お姉さんが手に持っているパックには、細長いタコの足のような揚げ物が溢れそうなほど入っている。なるほど、そうやってパックに入れるのね。
 ふゃんふゃん動いて暴れるパックと格闘しながらなんとかメンチカツを押し込み、輪ゴムを三本かけるとやっと大人しくなった。
「ニートヒーローおそ〜い!」
「すみません」
 三人ともご飯を選び終わったみたいだ。お姉さんはタコの揚げ物、弟くんはいなり寿司、妹ちゃんはビスケット、僕はメンチカツ。うむ、なかなか良いメンツが揃っている。
「りらのおやつは?」
「棚に戻しましたよ」
「なんで?」
「『なんで』?」
「買うっていったじゃん!」
 お姉さんはぷりぷり怒っておやつコーナーに戻ってしまった。
「お姉ちゃんだけずる〜い」
「ゆちゃも〜」
 弟くんと妹ちゃんも参戦してきた。お姉さんの後を追いかけて走る。二度目の姉弟喧嘩は勘弁してくれ。
 おやつコーナーでは各々好きな物を手に取って確保していた。
「次はね、レジでピッてしてもらうんだよ!」
「良い子じゃないとしてくれないんだよ」
「ゆちゃ良い子だも〜ん」
「リアルレジはじめて見た……」
 ¥マークの看板の下には列ができており、数人が並んでいた。列の先では店員さんが狭いスペースに押し込められ、商品を右から左に流しながら値段を読み上げている。商品を手に持っただけで値段が分かるなんて、さぞ厳しい訓練をしたに違いない。やっぱ働くって大変なんだな。カゴの商品が尽きると客はお金を払って退いていく。まるで見せ物小屋のようだ。
僕たちの順番が来ると、姉弟三人は商品を台に置いた。
「ぴっお願いしまーす!」「しまーす」「ま〜す」
「はーい」
 担保にされた商品は店員さんの手によって機械を通過していく。よく見れば、商品を機械に押し当てると音が鳴り、店員さんが値段を言っている。凄技の秘密は機械にありそうだ。
「これで最後ね、今日はお父さんと一緒じゃないの? あらやだヒーローじゃない! 久しぶり!」
「あ、ど、どうも」
「この前はごめんなさいね、ありがとう! ほんと助かったわ! うちのお爺さんヒーローのこと気に入ったみたいで、また一緒に買い物に行くってずっと言ってるのよ」
 以前、この人からの依頼を受けたことがある。高齢の両親が買い物に行きたがり、娘である店員さんは仕事があったため代役としての依頼だった。内容としては至極簡単な荷物持ちだが、いろんな店を梯子して同じ商品を大量に購入していた。万年運動不足のニートには重労働だった。
「変なことに付き合わせちゃってごめんなさいね。ヒーローも大変でしょう?」
 どんな依頼でも困ってる人がいればニートヒーローは出動する。そういう噂が学生の間で囁かれているらしい、と京乃さんが言っていた気がする。
 お喋りしている間も店員さんの手は止まらない。機械を通り過ぎた商品すべてにテープを貼っていく。『いちはら』のロゴがデザインされた青地の短いテープが貼られると、姉弟三人は自分の戦利品を握りしめた。
「七点で一〇五〇円ね」
 手元にはペラペラの千円札一枚。
「あら足りないの?」
 リアル店舗でお金が足りない時は皆どうしているんだろう? 老夫婦との買い物では全てカードで支払っていたような……? そこら辺に稼げるモンスターいませんか?
「どれかキャンセルしたら足りるんじゃないかしら?」
 キャンセルできるのか。じゃあそれやってみよう。
「……これキャンセルできますか?」
 ひとつ残されたメンチカツを示してお伺いを立ててみる。
「あら、これお惣菜だから戻せないのよ。ごめんなさいね」
 そういう制度らしい。では3姉弟のどれかを諦めてもらおう。しかし、六つのキラキラ輝く瞳は、揚げ物もいなり寿司もビスケットも食後のおやつも手放す気はなさそうだ。
「あら、どうしましょう。じゃあおばちゃんがメンチカツもらってもいいかしら? ちょうど今から休憩なのよ」
「あ、はい、どうぞ」
「じゃあ二一〇円引いて八四〇円。千円からね。はい、お釣り一六〇円」
「ありがとうございます」
 お釣りを受け取るやいなや、姉弟三人は出口に駆けていった。
「ニートヒーロー行くよ!」
「どこに行くんですか?」
「三角池!」
「ピクニック〜」
 この地域に住む子供たちの間では『三角池』と呼ばれる公園が人気らしい。正式名称『たちばな市自然運動公園』
 三角形の池に沿う形で遊歩道があり、犬の散歩コースにもなっている。すぐ隣にはテニスコート、サッカー場やプール施設も整っており、地域の人々の憩いの場になっているようだ。
 以前も、この公園に来たことがある。その時は
 スーパーを出て、三人は人の隙間を上手に縫いながら歩道を走り抜けていく。追いかけるも、不器用な僕には上手に縫って行けない。
「ちょ……っと待ってくだ……さい」
 公園しか見えていない幼い姉弟に僕の声は届かない。距離を離されて、もう見失いそうだ。いけんいけん、見失ったら依頼不履行になってしまう。
 息を切らしながらやっと公園に辿り着くと、遊具エリアに豆粒三人の姿を発見した。遠目からでも、戦利品を持ちながらジャングルジムに登っているのが見てとれる。手荷物があるから登るのにまごついているようだ。
「何したいのあの人たち?」
 視界に入っているなら急ぐ必要もない。幸い逃げ出す様子もないから、ここは歩いて体力を回復しよう。脅かさないようゆっくり近づき、頂上にいる姉弟を見上げると、優雅に食事をしていた。揚げ物もいなり寿司も手づかみし、木もれびが笑顔をキラキラ輝かせている。それがピクニックですか。
「ニートヒーロー遅〜い!」
「どこいってたの?」
「登らんの〜?」
 子供は時に残酷だ。元々限りなくゼロに近いうえ、走って体力が削られたニートに、なおも遊具に登れと言うのか。
「登りません」
「なんで〜?」
「ゆちゃもう降りる〜」
 食事を終えた三人はジャングルジムから降りた。お姉さんは自分の手と弟くん妹ちゃんの手を見たあと、僕に言ってきた。
「ニートヒーローハンカチ!」
「ハンカチ? 持ってないですよ」
「パパ持ってるよ?」
 人が全員ハンカチを持っていると思われても困るんですが。一応ジーンズのポケットを探ってみると、見覚えのない薄いハンカチが出てきた。ヒーロースーツをクリーニングに出した時に、係の人が入れておいてくれたのだろう。さすが高給スタッフは気が効く。
「ありました」
 お姉さんにハンカチを渡すと、弟くん妹ちゃんに受け継がれ、油まみれになって返ってきた。微かに錆の匂いもする。
「つぎ何する?」
「そらアスレチックのとこ行きたい!」
「ゆちゃも〜」
 子供は時に無邪気だ。
「ニートヒーローもいくよ!」
 一緒に遊ぶ感じですか。嫌です。
「はやく〜」
 妹ちゃんに手を引かれ、アスレチックエリアに連行される。
 アスレチック、ネットクライミングで競争、ロング滑り台の往復、ブランコの押し役などなど、姉弟に言われるがまま要望通りに業務をこなした。おかげで僕の足腰は息絶える寸前だ。
「つぎあれ!」
「もう……無理です……休憩……‼︎」
 ちょうどいい東屋があったので、ここらで一時休戦としよう。ベンチに座った途端、流れるように僕の膝は妹ちゃんの頭に占拠され、隣に弟君が座った。ジュースを買いたいとお姉さんにせびられ、余っていた百六十円を渡したが、友達を見つけてつるみに行ってしまったようだ。
 隣の弟くんは俯いて、元気がなさそうだ。子供でも疲れることってあるんだな。しばらく静かだったが、不意に、足をぶらぶらさせながら言った。
「ニートヒーローは不幸?」
 声に抑揚がない。
「難しい質問ですね」
「不幸?」
「そうとも言えます」
「なんの不幸?」
「ずっと不幸ですよ。コードが絡まってる不幸、漫画が折れてる不幸、掛け布団引っ張ったら足が出る不幸、時計の電池が切れてる不幸、お菓子の袋が変なとこで破れる不幸、ゼリーの汁が飛ぶ不幸、服が裏返しの不幸、靴紐がすぐ解ける不幸、軽くこんなものです」
 弟くんはなにそれ、と口を尖らせた。
「全然不幸じゃないし。やっぱり僕のほうが不幸だ」
「どうしてですか?」
「だってエイカード買ってもらえんし、カード弱いのばっかだけん交換してくれんもん」
「わかりますわかります。何を不幸と思うかは人によって違いますから」
「違うもん!」
「何が違うんですか?」
「ニートヒーローより僕のが不幸!」
「同じですよ。同じ不幸」
 すると、弟くんは地団駄を踏んでう〜っと唸った。
 同じ、だけど一緒じゃない。比べるもんじゃない。
 何が不幸とか、違って当然だ。性別も、性格も、環境も、食べる物も違うんだから。人にはそれぞれ信念があって、信念がなくて、好きなものがあって、嫌いなものがあって、その通りに生きていけばいいだけ。全員が好きになるものなんて無いんだから、全員が嫌いになるものも無い。他人と比べて、他人に押し付けるのは良くないんじゃないかな。まあ、押し付けらた側の人がどう考えるかによるけれど。
 よくある話で、親が子供に価値観を押し付けた結果、その逆に育ってしまったなんてことがあるらしい。子供時代にゲームを抑制しすぎると、反動で大人になった時にゲームばかりするようになってしまうとか。加減を知らないから、異常なほど執着してしまう。
 子供が生まれて親になったからといって、親になるための練習なんてしてないから、ぶっつけ本番で子供が被害を被ることになる。ただ、親に向いていない人に育てられたというだけで、生涯苦しむ罰を与えられる。罰の存在に、自分の中のその存在の大きさに気付けるのは、当事者である子供だけ。対処に追われるのは子供だけ。
 大人に『ヒーローよりも、学校に行って勉強したら』と言われることがある。僕がニートヒーローをしているのだって、親に言われたからじゃない。いや、最初は訳も分からず親に言われたから依頼をこなしていたけれど、今は僕が望んでニートヒーローをやっている。他人への奉仕なんてしたくもないけれど、依頼が来なければいいのにと考える時もあるけれど、これが僕のやりたいことだ。と思う。やらなければいけないことだ、と。
 誰がなんと言おうと、これが僕の価値観だ。僕の価値観でしかない。
 十五時のチャイムが鳴り、賑やかに遊ぶ子供たちの顔ぶれが入れ替わる頃だった。
 いつの間にか、弟くんは僕に身体を預けて眠っている。
 膝の上がモゾモゾすると思ったら、妹ちゃんが目覚めたようだ。何やらスカートのポケットに手を突っ込んでゴソゴソしている。
「これあげる」
 妹ちゃんが両手で差し出してきたのは二枚入りビスケット。スーパーでご飯代わりに買っていたものだ。ピクニックで食べずに残していたのか。恥ずかしいのか、丸い頬は桃色に染まっている。そのビスケット、大事なやつでは?
「食べて」
「……ありがとうございます」
 袋を開けると、中のビスケットは粉々に割れていた。どうしてくれよう。かけらをひとつずつ摘んだほうがいい感じ?
「美味しい?」
「はい」
「美味しい?」
「……美味しいです」
 妹ちゃんは満足そうな顔をして、ビスケットを食べる俺をずっと見ていた。そんな眩しい目で僕を見ないで焦げそう。
 遠くから「そらーゆらー」と呼ぶ声がする。大人の男の声だ。誘拐犯か?
「そらくーんゆらちゃーん」
 こちらはお姉さんの声だ。どっか行ったのはお姉さんの方なのに、まるでこちらが迷子になった気分だ。
「お父さんあそこー!」
「ああ、おった」
 お姉さんと手を繋いでこちらに近づいてくるのは、父親のようだ。
「」
 激安スーパーだ。ネットの口コミサイトでは、安い代わりに品質はそこそこらしい。商品入れ替えのたびに味が良い大当たり商品を探すスレッドが活気付くのを見るのが楽しい。
夕ご飯の買い出し
「今日は好きなもの買ってあげるよ!」
「やったー!」
「じゃあ、じゃあ、エイカード!」
「いいぞ、どれ買おうか?」
「ゆちゃ」
「ゆらそれ好きだもんな!」
「ヒーローさんも欲しいもの言ってくださいね。お礼ですから」
「じゃあ、これで」
 手近にあった二枚入りビスケット。
「これ大袋ありますよ、安いやつ」
 父親が指差したのは、税抜百円を切っている大袋。
「これがいいです」
・黒スーツが父親を狙ってスーパーに乱入、裏から出る、坂道を降る、妹がコケる抱き抱える、父姉弟は自転車で爆降り、蛇行しながら下る、新都は左の細道に入って撒く
「家で合流しましょう!」
「今日は平和で終わると思ったのに……!」
 家で合流。
「あの人たちは追っかけてこないんですね」
「ああ、会社の書類は前の家のまま変えてませんから」
 家入って、子供はお昼寝。
「今日は急に依頼してすみません。職場でちょっとありまして……」
 と、聞いてもないのに事情を話してくれた。
 お父さんの勤めてる会社は社長の独裁で振り回されることばかり。昨日、お偉いさんの息子が授業参観で『みんなでお餅つきやったら仲良くなる』と発表したらしく、急遽、会社総出で餅つき大会が開かれた。腹の中までブラックな会社なので有給申請していたお父さんも当然呼び出されて強制参加。臼と杵手配係に任命されたお父さんは、近場のレンタル屋の臼と杵を全てレンタルして貸コンテナに隠したらしい。臼も杵も届かないので会場は大慌て。
「私はもう辞めるんで、このさいやっちゃおうかと思いまして」
 その行動力、信頼できるな。……やっぱりできない。こいつヤバイ奴だ。
今日以外にも給料も出ない仕事が多すぎたらしい。
・お金は依頼人が払える額だけ
・源五郎からの掟(受けた依頼は必ず達成すること=名前を上げるため)
・源五郎の言いなりの新都、京乃に文句を言われるが右から左
「レールの上しか見えてないんじゃないの?」
「外れるよりかは、精神衛生上良いですから」
・源五郎がこの街を牛耳って2年(市原の老人が死んで2年)
「ニートヒーローは、どこまで知ってる?」
「知ってていいとこまでですよ。あの子は知りすぎてしまったのが運の尽きでした」
・新都なりの反抗(自分がニートであることで外聞を悪くする)
「蚊みたいなものです。終わりに気づいた虫けらの、少しばかりの抵抗ですよ」
・学校に行ってないから給食を食べない、ニートなので変な時間にご飯を食べる
「僕らも望まれたわけじゃないですから」
「人間ならなんでもよかったんよね」
・双子母が京乃であることが確定
「僕も」
「私も」
「あいつも」
「双子たちも、ね」
「妥協と政治的判断の結果でしたね」
・たとえ籠の鳥でも居心地がよければそれでいいという考え
・新しい依頼を受ける
・渋々依頼先に向かう
「ねえ新都、今日は外食せん?」
「結構です。姉さん」
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ニートヒーローはランチを食べない
初公開日: 2021年10月22日
最終更新日: 2022年06月23日
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星のねこ
圧迫
圧迫オナニーしかしてこなかったので、刺激が弱いと陰茎だけで達せぬ恵の尻を寝バックで掘る宿儺の宿伏。や…
あぼだ