書き出しだけ思いついたから書いてみる。
新たな二人の出会いのはなし。
えびふりゃー!
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通い慣れたいつもの駅、いつものホームへの道。なんてことのない日常。
ただ、少し足が逸れただけ。
真っ直ぐ進むところを少し左に曲がってみただけ。
なにか目的があるわけじゃない。
人の流れに沿って歩いた先には乗ったことのない電車。
わたしは道に迷ってしまった。
「まもなくドアが閉まります」
ただの衝動。
わたしは目の前の電車に乗りこんだ。
今日の日替わりランチは好物のエビフライだった。
フル回転して疲労した脳みそと空っぽの胃がエビフライ一色になって、いつもは悩む食券機前だけど今日は即決だった。
食券と引き換えにトレイを受け取って、空きの多いスペースの一角を一人で陣取る。
サクッと揚がった衣と海老の香ばしい匂い。美味しいそう。早く食べよう。いただきま、
「ここ空いてる?」
斜め前の椅子がガタガタと引かれる。
男の人。ヒョロリと高い背、明るい髪色、耳にはジャラジャラとフープピアス。人好きのする顔でニコと笑ってる。
やめて。空きスペースなんていっぱいあるじゃん。わざわざなんでこんなところに。聞いといて座り始めてるし。迷惑なんですけど。
悪態をつく心に蓋を押し込めて、エビフライに目線を返す。
そんなの言えるわけがない。
「……どうぞ」
人見知りの性格は歳を重ねるほどに酷くなって、仲良しの友だちと離れてしまった大学では、一人で過ごす時間が圧倒的に多い。
明るいキャンパスライフってなんだっけ? サークル? コンパ? なにそれ。
そんな事を言いながら、大学生活を謳歌してます、って顔をしてる人にはどうにも近づけない。違う世界のオーラを感じる。
これが隠キャってことか。悲しい。
斜め前の人からはまさに謳歌してるオーラを感じて、怖い。
ほんとになんでこんなところに。
……エビフライが美味しいからどうでもいいか。サクサクのプリプリ。幸せ。
「……、ぶっ」
……笑ワレテシマッタ。
くくく。斜め前の人は笑い上戸なのかなんなのか、ツボにはまったのか、顔を背けながら笑い続けている。
なにがそんなに笑えるのかわからない。
だけどなんとなく私を見て笑ったんだろうな。
恥ずかしすぎるから、さっさと食べて食堂から出よう。せっかくのエビフライが味わえないのは悲しいけど。
「く、いや、ごめん、笑って、くくっ」
まだ笑ってますが。
「ゆっくり食べてよ。美味しそうに食べるなあって思っただけだから」
咳払いをして、お茶を飲んで、やっと落ち着いたよう。
今度は手に顎を乗せてニコニコしながら観察されているのをひしひしと感じる。
自分の食事はどうしたんだ。
食べづらい。
どこかに行ってくれないかな。
「エビフライ好き?」
……。
答えないとずっとこのままなのだろうか。
それはちょっと、嫌だな。
「……すきで、す」
「……ぶっ、くくく」
「!」
聞かれたから答えたのに!
なんで笑われなきゃいけないんだ!
顔が熱い。恥ずかしすぎる!
「ごめん、まじでごめんって。顔に全部出てるのが面白くてつい」
わたし喧嘩売られてんの?
斜め前の人は笑いを抑えようとしては失敗している。
こいつ、絶対笑い上戸だ。
「おれ、吉崎海斗。君は?」
面倒くさい。
無視だ無視。
「あ、今ヤバい男に絡まれたって思ったでしょ? だーいじょうぶだって。名前だけでも教えてよ。じゃないとおれ、エビフライちゃんて呼んじゃうよ?」
エビフライちゃんてなんだそれ。
このとても面倒くさいやつから早く解放されたい。
どうせこの広い校内でまた会うなんてそうないのだから。
はぁ。
「……及川彩」
「ひかりちゃんね」
よろしくー。にこやかに握手を求めてくる吉崎を視界外に追いやって、今度こそエビフライ定食と向き合った。
まさかその後も絡まれ続けることになるとは想像もせずに。