執筆記録:
執筆時間53:52(53分52秒)
本文3831文字/93行。総執筆数8206(内訳:追加文字数6176/削除文字数2030)。
ショートショート。
【優柔不断の乱】
 戦になんて来とうなかった。出世に興味もなければ、名誉とてどうでもいい。その日そのときをただなあなあとお気楽に暮らせていればよかったものを、優柔不断な性格がわざわいしてか、長からの、おまえもいっぱしの男なれば武勲の一つでもあげてみせい、との気迫に押されて、兵の招集に乗ってしまった。
 長からしてみれば単に、村のごくぶつしを追いだすテイのよい言い訳にすぎなかったのだろう。殿様に恩を売ることもできる。村から兵をだせばいくばくか年貢が軽くなるとも聞き及ぶ。
 こたびの戦は、端から負け戦だと聞いている。避けては通れぬゆえに受けて立つが、そもそも勝てる戦ではないのだ。
 兵力が違う。
 兵糧の質からして、向こうはおむすびだが、こちらは白湯とみまがう粥である。それも塩すらなく、具材は木の根ときたものだ。
 勝つ気があるとは思えない。
 相手の十分の一ほどの兵でどうやって戦うと言うのか。焼け石に水どころの話ではない。
 いっときであれ士気らしきものが見受けられたのがふしぎなくらいだ。頭はみな言葉のうえでは意気のよいことばかりをのたまうが、そのくせ自ら先頭をいく気概を見せない。
 策の一つでも弄せばよいものを、元からして、勇猛な軍を率いて戦った、という建前が欲しいだけであり、戦略というものを敷こうともしない。
 当たって砕けろの精神だ。
 なにゆえほかの面々がこうまでも勇んで刀や槍をかつげるのかとふしぎでならぬが、みなここで死ぬとは思っていないのだ。負け戦だと気づいていない。それはそうかもしれない。いくらなんでも相手の兵力がこちらの何倍もあるなどと想像できないのだろう。
 だがじぶんは違う。
 じかにこの目で見ているからだ。
 優柔不断なのが短所だと自他ともに認める小心翼々具合が功を奏したというべきか、招集場所へは誰よりも遅く辿り着いた。最後の最後まで村で粘り、長がころっと忘れてくれないかと狙っていたが、家まで押しかけてきて、さあいけ、となけなしの路銀を渡されたのでは、断ることもできない。そこで断れれば、そも、こうした境遇に陥ってなどいない。いつでも優柔不断なのである。何かを決めることができない。決断できない。
 精神薄弱なのである。
 招集場所への道中、山の頂から、谷を進行する敵陣陣営を見かけた。大蛇がごとく行列である。
 龍を相手に戦をするのか。
 諦念の嘆息がでたものだ。そこで逃げられればよかったものの、そこにきてやはりこの優柔不断の性質である。
 そしていまは戦場だ。
 蓋を開けて見れば、大群どころか、たった一人の猛者に我らの陣営は壊滅の節目に立たされている。最初の鉄砲の雨を食らったのがよくなかった。士気は蜘蛛の子を散らすように霧消した。
 あとには呻き声をあげて地面に転がる味方と、腰の引けた生き残り、そして鬼がごとく剣幕で、ばったばったと我ら陣営の兵を斬り倒していく剣豪が、その剛腕を揮っている。
 なす術がない。
 鉄砲がああも大量に揃っていたなど誰も知らなかった。聞かされていなかった。よしんば聞かされていようと、鉄砲の威力を見たことがない。弓程度ならば配られた甲冑を着ていればだいじょうぶだろう、盾があるから平気だろうと、お気楽平々と構えていたらこの始末だ。
 木製の盾など役に立たぬ。どころか、砕け散った木片が甲冑を貫き、血肉を裂く。何をなしても裏目にしかでない。
 ただの敗北ではない。このままでは全滅である。
 こんなことならば、と横を、後ろを駆け抜けていく、味方の兵を横目に、村に残してきたキヌのことを思った。残してきた、とは言うものの、とくに縁があったわけではない。細君でなければ、幼馴染ですらない。幼少のころより遠目に懸想しつづけていたら、いつの間にかキヌは長の息子の奥方になっていた。子宝に恵まれ、しあわせに暮らしている。
 あ、と思う。
 本来ならば、長の息子がこの場にいてふしぎではない。
 もしや長め、と遅れて察する。
 身代わりに立てたに相違ない。跡取りたる息子を負け戦などにやるわけにはいかぬと、影武者よろしく替え玉に我が身を差しだしたのではないか。
 さもありなんだ。
 思えば、文を渡されていた。中を読むな、と言いつけられていた故、そのまま招集所にて待っていた武官に渡したが、あれは身柄の証明書ではなかったか。この者、我が息子ゆえ、とでも書かれていたのではないか。とすると、ほかの者よりも心なし頑丈そうな武具を渡されたのも納得だ。
 かといって敵にかかっていく意気はない。どうせきょうこの場で尽きる命だ。無駄に疲れる真似などせずに、こうしてきたる死をただぼぉっと立って待っているほうが性に合っている。
「やつの首を獲れぇえ! 一斉にかかれぇえ!」
 号令の向かう先、鬼神がごとき猛者が、怒涛の快進撃を見せている。我が味方陣営の兵が、まるで蚊とんぼのごとくである。
 ありゃ無駄だ。
 何人でかかろうとも勝てるわけがない。
 弓矢衆がかろうじて残っていたようだ、たった一人に向けて集中して矢を射る。最前線にいたがゆえに、弓矢衆はまっさにき鉄砲の餌食になったわけだが、残った射手が、こぞって鬼神に狙いを定めた。
 矢の大半は神がかりな刀捌きにて阻まれる。弓矢衆は鬼神を取り囲む。さらに矢を放ったが、鬼神はまるで天狗がごとく身のこなしで天高く跳躍し、的を失った矢は、対角線にいた味方の喉や腹に突き刺さり、バタバタと弓矢衆を倒した。同士討ちである。
 そばに控えていた兵たちの半分が果敢に挑んだが、瞬く間に両断され、もう半分は、三々五々とてんでバラバラに、一刻も早く鬼神から距離をとらんと逃げだした。
 目のまえに、鬼神が立つ。
 我が手はとっくに刀を手放しており、さりとてこのまま黙ってやられるのも癪に思え、えいや、と拳を叩きつけるが、もはや無駄に拳を痛めただけで涙目になり損である。
「なぜ逃げぬ」鬼神の声は澄んだ小川のようだった。
「逃げてもどうせ殺される。こんな戦、最初からわしゃぁ嫌だったんじゃ」
「戦わぬのか」
「もう充分戦ったわ。いま見ただろう。我が陣営の誰も届かぬおぬしの腹に見事鉄槌を食らわしてやったわ」
 膝がガクガク云う。
「さようか」鬼神はそこで何を思ったのか、こちらに背を向け、しゃがみこんだ。「すまぬが、これを引き抜いてはくれんか。どうにもさきの矢が当たってしまったようでな。情けない。じぶんでは届かぬゆえ、頼む」
 鬼神の背中に、深々と矢が突き刺さっていた。
 無防備に首筋を曝けだしている。
 頼むと言われて、つい、はいよ、と応じそうになったが、しかしこれは千載一遇の好機ではないのか。
 手放したとはいえ、刀は地面に突き刺さったままだ。柄を握り、目のまえでしゃがみこむ鬼神に突き立てるだけならできないこともない。
 しかし、相手は軍勢をたった一人で蹴散らすほどの猛者である。いくらなんでも隙を突く真似などできやしない。
 解かってはいるが、どの道、このあとは殺されるだけだろう。ならば最後に、勇敢な姿を晒してもよいのではないか。
 いずこより記録係がこの様子を目にしているやもしれぬ。運が良ければこの死にざまが何らかの絵巻物に残り、武勇として語り継がれるかもしれぬ。
 さりとて、でも、しかし、いいや、それにしても。
 ここにきてまたもや優柔不断な気質が身体の自由を束縛する。刀をとって突き立てる。たったそれしきのことすら満足にこなせない。
「どうした、はよせい」
 居丈高な語調に、ついカっとなった。
 この野郎、と刀に手をやろうとしたそのとき、ひゅ、と首筋に冷たいものがかする。
 身動きがとれない。
 目のすぐ横に刀の刃が見えた。
 かすっているだけだ。傷はついていない。
 背後で、苦悶に満ちた声が聞こえ、何者かが倒れる振動が足元に伝わった。
「早くしろ。つぎは言わぬぞ」
 いつの間にか抜かれていた刀が、視界から引っ込む。見もせずにこの男は、敵を斬り伏せる真似ができるのだ。
 もはや鬼神は比喩ではない。それそのものである。
 唾を呑みこみ、唯々諾々と、その者の背中から生えた矢を掴み、ひといきに抜いた。
 ぬぐり、と感触が伝わる。思っていたよりもずっと深く突き刺さっていたようだ。
「うむ。助かった」
 鬼神は腕をぐるぐると回し、肩の調子を確かめると、こちらの頭に手を置き、命拾いしたな、と言い残して、我が陣営へと猛進する。
 鬼神が威嚇の声をあげる。
 雷鳴にも似たその声から遠ざかるように、我が陣営からは兵の足音が轟いた。
 誰も、立ち向かおうとはしない。それはそうだ。無駄に死にたくはないだろう。武勇でも何でもない。
 鬼神の名を高めるだけだ。
 英雄とはかくも、天災がごとく、それでいて懐の深い者なのだな。
 ありゃいつか天下をとるぞ。
 それとも暗殺されるだろうか。
 どちらもあり得そうに思え、ここでも優柔不断な我が身の狭量さを思う。
 器がない。
 だがそのお陰で、こうして生きながらえている。
 さてと。
 考えるべき道は二つだ。
 捕虜となるべくこの場に留まるか、それとも野武士となるべく逃げだすか。
 鬼神には一つ貸しがある。ひょっとしたらあれは、敢えて手を貸す場面をほかの兵に見せつけ、捕虜となっても殺されずに済む道理をつけてくれたのではないか。
 ならばおとなしく投降し、捕虜となっておくのが賢明な判断に思えるが、かといって捕虜となってもこれまで以上につらい暮らしとなるだろう。ならばこの狂乱の隙をついて、いちど来歴をまっさらにし、ゼロからはじめるのもよしと思える。
 どちらにすべきか。
 思案している間にも、敵陣営が、一歩、一歩、と距離を縮める。
推敲は後日します。半年は寝かせてからしたいと思います。
Latest / 58:47
文字サイズ
向き
優柔不断の乱
初公開日: 2021年01月21日
最終更新日: 2021年01月22日
ブックマーク
スキ!
チャットコメント表示
2021/01/21
ショートショート
優柔不断の乱
グッ・ド・ラッグ
2021/01/25ショートショート グッ・ド・ラック
郁菱万
はいブリっと
2021/01/26ショートショート はいブリっと
郁菱万
いつもので
2021/01/22ショートショート いつもので
郁菱万
テキレボEX2☆わくわくお試しパックを書く!
完全通販型同人誌即売会「テキストレボリューションEX2」にて頒布予定の原稿を書いていきます。今回書く…
草上アケミ
【毎日配信】34話を書く(毎日更新用)
こんばんわ、菊です。今回は毎日更新している自作の更新分を書きます。 作業のお供にでもどうでしょうか。…
菊の花の様に