どんなに明るく見える人工的な光だって、曖昧さを隠しきれないまま、闇を溶かす事はできない。
 自分の憧れた人間には、目に見える光しか存在していないのだと思っていた。この世を自分のものにできる力を持つ、選ばれた人間にしか見えない世界があるのだと思っていた。だけど、光彦の隣にいる名探偵は、ただの一人の人間として、光彦と同じ薄汚れたアスファルトの上を歩いている。
「間違って当然ですよ」
 零れるように口元から言葉がするりと落ちた。
「僕達はロボットじゃない。進む方向を間違う事だってありますよ」
 昨日の夜の阿笠邸での出来事を思う。頑なに何かを隠そうとする哀の気持ちをこじ開けようとした事は、きっと間違いだった。世の中には知らなくてもいい真実がある。触れるべきではない出来事がある。正しさだけが正義じゃない。
 コナンがいなくなってからの七年間を思う。コナンの転校と入れ替わるようにやってきた新一を、どこか敬遠しながらも光彦は憧れていた。幼少時代に憧れたコナンと同じように、新一の真実を見据える姿はとても輝いていた。そして、今になってようやく真実を暴くという行為がどんなに神経をすり減らすかを知った。それは綺麗事だけでは済まされないということも。
 住宅街に進むにつれ、車通りが少なくなり、背後に広がる喧騒が別の世界のものとなる。等間隔に置かれた外灯の光を小さく浴びた新一が、光彦に顔を向けて目を伏せるようにして笑った。
「おまえ達があいつを忘れないでいてくれて、嬉しかったぜ」
 あいつ、とはコナンの事だろう。
 新一が好き好んで嘘をついているわけではない事くらい、光彦は理解している。そこまで子供ではない。でも、何もかもを推し量れるほど大人にもなれなかった。いつになっても、光彦はコナンと哀の隣に並ぶ事はできない。
 新一や哀が否定しない通り、江戸川コナンという存在は消されたのだ。明日に毛利探偵事務所に確認をしに行ったところできっと無駄足だろう。大人になり切れない自分達が取り合ってもらえるとは思えない。
 この先も新一の口から真実を聞く事はきっとないだろうと光彦は悟った。
 それでも、コナンとの思い出は少年探偵団の中で生きている。その時間は輝きを失うことなく、続いている。
「新一さん、一つ忠告しておきます」
 光彦の住む一軒家が目の前に見えたところで、光彦は口を開く。
「鈍さは免罪符にはならないですよ」
「……何の話だよ?」
 突然声色を変えた光彦を訝しげに見る新一に、光彦は微笑んだ。
「失ってから初めて気付くものがある、という話です」
 中途半端にしか行動できない自分にとっての、小さな仕返しだった。眉根を寄せていた新一は、何かに気付いたように目を見開いた後、歩く足を止めた。夜の風が夏の匂いを運んでくる。知らなくてもいい真実もある。それは正しい。だけど、無知は罪だとも光彦は思う。
 新一は本当に哀の気持ちに気付いていないというのか。新一の恋愛事情を全て知るわけではない光彦は、馬に蹴られてもいい覚悟で新一にほくそ笑んでから、送ってくれた事への感謝を述べて家の中へと入った。今頃、頼りない外灯の下で昨日の会話を思い出しては悩んでいるといい。大人に追いつけない子供らしい悪戯心とお節介心を抱きながら、光彦は二階へと続く階段をのぼる。
 部屋に入って本棚に視線を向ける。制服を着たまま、フローリングの床に座り込んでたった一冊のアルバムを開く。そこには、屈託のない笑顔を向ける眼鏡の少年が、思い出を映していた。
 一週間の体験学習を終え、通常通り帝丹中学校へ登校すると、教室にはすでに灰原哀の姿があった。
「おはようございます、灰原さん。こんなに早く来るなんて珍しいですね」
 鞄を机に置きながら隣の席である哀に声をかけると、遅刻常連の哀は寝不足のような目で光彦を睨んだ。
「あなた、余計な事をしてくれたわね」
「余計な事?」
 覚えのある高揚感に、光彦は生唾を飲み込む。事件に巻き込まれた時、それを逆手にとって計画通りに事を運ばせたコナンの気持ちは、まさにこのようなものだったのかもしれない。
 過去によく見たコナンの嘘っぽい演技を辿るように光彦がしらを切ると、哀が頬杖をついてため息をついた。セーラー服の襟もとで癖がかった毛先が揺れる。自分の持つ記憶はきっと正しい。アルバムに映っていた自分達は、さまざまな景色を見つめてきた。そこには明るいものだけではなく、薄暗い部分もきっとあった。それら全部をひっくるめて、彼らと過ごした時間が今の自分を形作っている。
「灰原さん。僕は昔、灰原さんを好きでした」
 彼女への想いを悩み果てた頃もあったのに、信じられないくらいするりと言葉が溢れて、光彦自身が驚いた。
 始業十分前の教室内。思いのほか声が響いてしまったのか、すでに登校しているクラスメイト達によってざわりと教室内がよどめいたが、光彦は緊張感を表に出さないようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「こうして思っていることを口に出すのも悪くないと思うんです」
 光彦の心の内を知ってか知らずか、哀は髪の毛を耳にかけながら、立ったままの光彦を見上げた。
「私はあなたが思うような人間じゃないわよ」
 彼女は時々、後ろめたい表情を見せる事がある。他の少年探偵団には知られていない何かを抱えている事に光彦は気付いていたけれど、今となってはそれも関係ない。
「それでも、灰原さんには灰原さんなりの正義があるはずです。だから僕達はいつも守られていました」
 そしてきっとコナンはそんな灰原哀を仲間として認めていたのだ。
 光彦から視線を逸らしてうつむいた哀が一瞬泣きそうな顔をしたのを、光彦は見逃さない。
「ねぇ、灰原さん。たまにはその正義感を持って、くだらない真実を暴いてみるのもいいんじゃないですか?」
 光彦が言うと、ゆっくりと顔をあげた哀は、可笑しそうに口元に笑みを浮かべた。それは、子供の頃に見せたものとは違う、光彦にとっては新しい哀の顔で、でもきっとすでに新一の知っているものだった。こうして、これからも仲間として哀の真実にも近づけたらいい。そして、どのような結果であれ、哀の想いが納得のいく形を結べるといい。未来は果てを知らず、時間はこれからも続いていく。
 僕達は冒険者だ、と光彦は思う。人生の中にあるスリルを何度もくぐりぬけて大人になって、そしていつか真実を掴む事ができたら。
 ――まずはどんな言葉を新一に投げかけようか。
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★読んで下さり、ありがとうございます。
こちらはエアコミケ合わせの同人誌に収録予定です。
詳細は https://carriageway.xxxx.jp にて。
(12月中旬に告知予定)
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【修正作業】冒険者たち05
初公開日: 2020年11月09日
最終更新日: 2020年11月20日
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