キメツの森は今日もいい天気。森の外れの小さな洋服屋さんにも、ポカポカとした陽射しが降りそそいでいました。
 そろそろ冬が近づいてきています。お店にも冬支度をする森の動物たちが、マフラーや手袋を買い求めにくることでしょう。
 このお店の商品は、動物たちが冬のあいだ寒さに凍えないようにと、水柱様と呼ばれる神様が作っているのです。だから、手袋ひとつでもたいそう温かく、動物たちは冬がくるとお店にやってくるのです。
 でも最近は、お買い物ではないお客さんが増えました。
 もともとお店の店員さんのお友達はしょっちゅう遊びにきてはいましたが、このところは以前よりも頻繁にやってきては、お祝いをしてくれるのです。
 そのたび店員さんである炭治郎は、ふさふさな自慢の尻尾をご機嫌に揺らして、ニコニコと笑っていました。
 炭治郎は、もともとはどこにでもいるただの狐の子どもでした。けれども、実は日柱様という神様の力を持つ天狐の子孫だったのです。
 昔々、恐ろしい『災い』の首魁と柱たちが戦った際に、炭治郎も日柱の力で一緒に戦い、勝利を収めました。それからずっと、キメツの森は平和で穏やかです。
 神様の仲間入りをした炭治郎は、長いこと、洋服屋さんである水柱様の眷属として神様修行をしていました。そうして大人になった炭治郎は、先ごろ正式に日柱を襲名し、水柱様のご伴侶様としてお嫁さんになったのです。
 炭治郎は男の子なのにお嫁さん? と、不思議に思う人もいるでしょう。でも、なにしろ水柱様も炭治郎も神様なので、普通の動物たちと違って男の人同士でも赤ちゃんだって生まれるのです。
 今日もせっせとお店の周りの落ち葉を掃いている炭治郎の首にかけられた、小さな真っ白い袋には、炭治郎と水柱様――義勇の赤ちゃんが眠っていました。
 赤ちゃんといっても、実はまだまだ卵です。神様の子どもとしてこの世に現れるには、卵たちには神気がまだ到底足りません。
 炭治郎と義勇が赤ちゃんが欲しいと共に強く願って過ごした夜に、ポロリポロリと炭治郎がこぼした涙が固まって、キラキラと輝く石の卵のようになったのは、そろそろ秋の気配がしだすころでした。
 卵はふたつ。炭治郎の瞳のように赫い卵と、義勇の瞳のように青い卵です。
 宝石のようにキラキラとした卵は、触るとほんのり温かく、トクントクンと小さな鼓動がしています。このなかで、ふたりの赤ちゃんはいつか外の世界に出る日まで、スヤスヤと眠っているのだそうです。
「今日はいい天気だぞ。早く一緒に日向ぼっこできるといいなっ」
 炭治郎は袋に入った卵にやさしく笑いかけます。義勇が作ってくれた袋は上等の絹でできていて、炭治郎の胸の上でゆらゆらと揺れていました。すべすべと触り心地の良い真っ白な袋は、きっと素敵な揺り籠のように卵たちには感じられていることでしょう。
 早く逢いたいなと思いながら、炭治郎は卵に話しかけつつ、せっせとお掃除に精を出していました。
 炭治郎が義勇のお嫁さんになったとき、ほかの柱様方やお館様と呼ばれる森の守り神様は、きっとすぐに子宝に恵まれるだろうと笑っていました。柱様の眷属となって神様の世界の仲間入りをした、炭治郎の妹の禰豆子や、友達の善逸や伊之助も、早くふたりの赤ちゃんに逢いたいねと笑っていたものです。
 とっても恥ずかしかったのですが、もちろん、炭治郎だってそのつもりでいました。
 だって、大好きな義勇の赤ちゃんです。もともとは普通の狐の子だった炭治郎にしてみれば、お嫁さんになれば子どもはいっぱい生まれるものだと思ってもいました。炭治郎だって弟妹はいっぱいいましたから、すぐに赤ちゃんがいっぱいきてくれると思っていたのです。
 けれども、なかなか赤ちゃんは生まれませんでした。義勇は炭治郎をたいそう慈しんでくれますし、誰が見ても仲睦まじい夫婦になれたのですが、それでも赤ちゃんはいっこうに生まてきてはくれなかったのです。
 義勇は気にするなと言ってくれましたが、だんだんと炭治郎は悲しくなってきてしまいました。
 男の子である炭治郎でも、ちゃんと赤ちゃんは生まれますよと蟲柱様は言ってくれましたが、もともと炭治郎はただの狐です。もしかしたらほかの神様とは違うのかもしれません。
 神様の仲間入りをして、大好きな義勇のご伴侶様にもなれましたが、義勇には炭治郎よりももっとお似合いの神様がいっぱいいます。蟲柱様もそうですし、その眷属の子たちだってみんな素敵な女の子です。男の人でも赤ちゃんが生めるのなら、炎柱様や風柱様、霞柱様だっていらっしゃいます。みんな炭治郎よりずっと強くて、立派な神様ばかりです。
 どんどん、どんどん、不安は大きくなっていって、炭治郎はとても悲しくなってしまいました。
 炭治郎が悲しんでいることは、義勇にも、もちろん伝わっていました。だからいつでもやさしく、いつかちゃんと子どもは生まれるからと慰めてくれるのですが、炭治郎は申し訳なさが募るばかりだったのです。
 そんなある日のことでした。ふさぎ込んでいく炭治郎を心配して、禰豆子たちが気晴らしに遊びに行こうと誘ってくれました。
「たまにはみんなで楽しんでくるといい」
 義勇もそう言って、快く送りだしてくれたのですが、一緒に行ってはくれませんでした。それはとても寂しいことでしたが、炭治郎は「義勇さんも一緒に行きませんか?」とは言えませんでした。
 とてもやさしくしてもらっているのに、いつまでも赤ちゃんの生めない炭治郎のことを、義勇は本当はどう思っているのでしょう。それが不安で、炭治郎はなにも言えなかったのです。
 禰豆子たちが誘ってくれたのは、キメツの森を出てしばらく行った大きな山でした。高くて険しい山でしたが、お館様からお借りした雲に乗っていったので、山のてっぺんにはあっという間につきました。そこはとても空気がきれいで、キメツの森と同じくらい清々しい場所でした。
 お山は森よりも早くに秋がきているようです。木々の葉っぱは黄色や赤に染められて、おいしそうな木の実もたわわに実っています。
 地面を探せばあちらこちらにキノコもたっぷりと生えていて、ずっとふさぎ込んでいた炭治郎も、自然とワクワクとしてきました。
「きれいなとこだなぁ。森と同じくらい食べ物もいっぱいだ! 義勇さんへのお土産に、いろいろ採っていこうかな」
「私も恋柱様たちにお土産を持っていきたいな。お兄ちゃん、いっぱい採ろうね!」
 禰豆子が笑って言えば、善逸や伊之助も張り切って、それじゃ競争しようと笑います。
 久しぶりのみんな一緒のお出かけは、沈んでいた炭治郎の心も温かくしてくれました。
「なんだ、ずいぶんと騒がしいな」
 みんなでせっせと木の実やキノコを集めていたら、聞こえてきたのはそんな声。見れば木の上から天狗様が覗いていました。
「この山の主様ですか? お邪魔してます! 俺はキメツの森の日柱で炭治郎といいます! お土産にキノコや木の実を持って帰ってもいいですか?」
 たずねてみれば、天狗様は大きな声で笑いながら、採りすぎなければいいだろうとうなずいてくださいました。
 ひらりと木の上から降りてきた天狗様は、ずいぶんとお爺さんのようです。やさしい匂いがしています。
「おまえが日柱か。義勇は息災か?」
「義勇さんを知ってるんですかっ!?」
 天狗様なら神様である義勇と知り合いでも不思議ではありません。けれども、義勇という名前は、今は炭治郎しか知らないはずです。その名前をはっきりと口にした天狗様に、炭治郎はびっくりしてしまいました。
「義勇だけではないぞ。わしは錆兎や真菰のことも知っておる。あれらはみんな、この山で鍛錬を積んでおったからな」
 炭治郎の疑問が口にせずともわかったのでしょう。そう言って天狗様はなおも笑いました。
「義勇さんが鍛錬していたのは、このお山だったんですね! それじゃ、あなたは大天狗の鱗滝さんですか?」
 義勇が世話になったという、狭霧山の大天狗様の話を、炭治郎は聞いたことがありました。
 先代の水柱様である義勇のお姉さんが、災いにおそわれて眷属の錆兎や真菰とともに亡くなられたとき、義勇はこの山で鱗滝から修業を受けていたそうです。そのことをずっと義勇は悔いていて、大切な家族を守れなかった自分に神の資格はないと思っていたのです。
 動物たちを救っても、決してお姿を見せてはくれなかった水柱様。その寂しくて悲しくて、けれどもとってもやさしい匂いは、今ではひたすらにやわらかく甘くやさしく香って、いつも炭治郎をふうわりと包み込んでくれています。
 義勇さんには、もっともっと喜んでもらいたいのに、家族をいっぱいあげたいのに。どうして赤ちゃんはきてくれないんだろう。
 炭治郎がまた悲しい気持ちになってうつむくと、大天狗の鱗滝は、やさしく笑ってポンポンと頭をなでてくれました。
「なぁに、気にすることはない。今ごろ義勇はお館様や柱たちから、たっぷりと説教されていることだろう。義勇が反省したらすぐに子宝にも恵まれるに違いない。おまえはゆったりと気持ちを大きく朗らかにいなさい」
 炭治郎は、その言葉にビックリしてしまいました。
 突然現れた天狗様に驚いて、少し遠巻きに見ていた禰豆子たちも、目をまん丸くしています。
「な、なんで義勇さんが叱られるんですか!?」
「そりゃあ、おまえがそれだけ赤子を望んでいるというのに、生まれないのなら、義勇が原因に決まっているからな」
 こともなげに言い、まったくしょうのない奴だと苦笑する鱗滝に、炭治郎は目を白黒とするばかり。だって赤ちゃんが生まれないのは、炭治郎がもともとは神様ではなかったからだと思っていたのですから。
 でも……。
 もしも本当に義勇が原因なのだとしたら、それはどうしてなのでしょう。だって義勇は生まれ落ちたそのときから、いずれ水柱の襲名が決められていた立派な神様です。ご伴侶様を迎えて次の水柱を襲名するお子様を得ることを、誰もが望んでいたはずなのです。
「めんどくせぇなぁ! グジグジしてんじゃねぇぞ、勘五郎!! ガキなんか勝手に生まれてくんだろうがっ」 
「おまえ誰なんだよそれは。こんだけ長く生きてんのに、どうして名前を覚えらんないんだよ」
 フンッと鼻息荒く言う伊之助に、善逸がげんなりと肩を落とします。炭治郎も思わず苦笑してしまいました。
 柱様の眷属になって、炭治郎と同じく神様の世界の仲間入りをしたふたりですが、相変わらず伊之助は乱暴者ですし、善逸は女の子に弱くて泣き虫です。でも、そんなちっとも変わらないふたりが、炭治郎は大好きですし、変わらずいてくれることがありがたいなぁとも思っていました。
 善造! 違うっ! 念逸! だから誰なんだよっ! と、いつものようにギャアギャアワイワイとさわがしいふたりに、鱗滝が「これはまたにぎやかな奴らだ」と大きな声で笑いだしました。
 思わず炭治郎はあわててしまいました。
 
 山の主様である大天狗様の前で、失礼なことをしてしまったぞ。しかも鱗滝さんは、義勇さんのお師匠様なのに!
「お、おいっ。おまえたち、やめないかっ。失礼だろ!」
「そうよ、ちゃんとお行儀よくしなくっちゃ」
 禰豆子とふたりで言えば、たちまち善逸はごめんねぇ禰豆子ちゃ~んと、くねくねとしつつも大人しくなりました。伊之助も、ちょっと不満そうではありますが、天狗の長い鼻をん~? と近づけられて、少し腰が引けてしまったようです。
 その様子に、鱗滝はまた愉快そうに笑いました。
「まぁいい。近頃では修業にくるものもなく、寂しいかぎりだったからな。たまにはにぎやかなのもいいだろう」
 恐ろしいお顔ですが、鱗滝はとてもやさしい天狗様のようです。炭治郎は禰豆子とそろってホッと胸をなでおろしました。
「炭治郎よ、義勇への土産ならば、わしの作った葡萄葛の酒も持っていくがいい」
 エビカズラとは昔々の言葉で、山ブドウのことです。炭治郎はもちろん、禰豆子たちも大好きな山の恵でした。
「酒よりブドウの実をよこせよ」
「伊之助ぇぇぇっ!! おまえ、どうしてそうなのっ!?」
 伊之助の両肩をがしりとつかんで、ブンブンとゆらす善逸に、鱗滝はまた大笑いです。
 炭治郎と禰豆子は気が気じゃありませんでしたが、どうやら鱗滝は本当に楽しんでいるようでした。狭霧山はとても澄んだ空気のきれいなお山ですが、ひとりきりでは寂しいことでしょう。
 炭治郎は、ふぁさりと尻尾を揺らすと、鱗滝に笑いかけました。
「ありがとうございます! でも、俺がもらってしまったら、鱗滝さんのぶんが減っちゃいますよね。新しいお酒を造るお手伝いをさせてください!」
 おや、と、鱗滝は少し驚いたようでした。
「名案だね! 作り方を教えてもらったら、私たちもお酒が造れるようになるね、お兄ちゃん」
 パチンと手を叩いて、禰豆子もうれしそうに笑ったので、鱗滝は、うむとやさしくうなずいてくれました。
 そうと決まれば、善逸や伊之助も喧嘩をピタリとやめて、ニシシッと笑って腕まくりです。新しいこと、面白いことは、みんなで一緒にするほうが楽しいものです。張り切る炭治郎たちに、鱗滝が言いました。
「では、まずは酒を造るための葡萄葛を集めてもらおうか。赤茶色の葉が木に絡みついているから、すぐにわかるはずだ。だが、葡萄葛は雑木が生い茂る急な斜面や、深い深い谷間に生えているのだ。おまけに、とても高いところにしか実はついておらん。さて、おまえたちに採れるかな?」
 みんなは顔を見あわせました。
 柱様の眷属となった禰豆子たちや、柱の一員として神様になった炭治郎ですが、みんなまだまだひよっこです。ほかの柱様たちのように不思議な力など、あまり使えないのです。
 昔、洋服屋さんである義勇を手伝って、みんなでお遣いをしたときに、義勇から柱様のお力を使える不思議な贈り物をしてもらった炭治郎たちは、今もそれを身につけています。けれども、今度のお遣いに、使えるものなんてあるでしょうか。
「へんっ、それぐらい俺様には楽勝だぜ!」
「あっ! こらっ、伊之助!! 勝手に行くんじゃない!」
「あぁ、もうっ! あの馬鹿、ほんっと考えなしなんだからなぁ!! 禰豆子ちゃん、行こう」
「うんっ。鱗滝さん、いってきます!」
 ぺこりと鱗滝に頭を下げた禰豆子に気づいて、炭治郎も伊之助を追いかけて走り出した足をあわてて止めると、ぺこんと頭を下げました。
「いってきます! いっぱい採ってきますね!」
 そうして、また走り出したみんなを、鱗滝は満足そうに見送っていました。
 さて、走り出したのはいいけれど、どこに山ブドウはあるのでしょう。
「急な斜面や深い谷間って、鱗滝さんは言ってたな。谷はどこにあるんだろう」
 ふんふんと鼻をうごめかせて、炭治郎は辺りを嗅いでみました。谷間にはきっと川が流れているはずです。水の匂いはどこだろう。クンクンと嗅いでいると、耳を澄ませていた善逸が、あっちで川の音がすると言いだしました。
「それじゃきっとあっちだ。行ってみよう!」
「よっしゃー! 俺様が一番乗りだぜ!」
 善逸が指差した方向に向かって走り出した伊之助に、炭治郎たちも続きます。
 険しい山道もなんのその。どんどんと走っていくと、やがて木々の合間に崖が現れました。
 覗いてみると、斜面に生えている木のなかに、赤い葉っぱが絡みついている木が見えました。
「きっとあれだ! でも、この崖はずいぶん急だなぁ。どうやって降りよう」
 伊之助のマフラーやリストバンドは、炎柱様と岩柱様のお力を貰っているので、あまり役には立ちそうにありません。禰豆子が着ているマントや髪に結んだ組み紐も、霞柱様と恋柱様のお力ですから、崖を降りる道具にはならないでしょう。
 善逸のブーツなら、風柱様のお力で少しは浮くこともできるのですが、山ブドウのところまではちょっと難しいかもしれません。
「やっぱり自分たちの力でやらなくちゃ駄目だ。よしっ、つるを集めてこよう。それにつかまって下りればいい」
 炭治郎が言うと、それしかないかぁと、善逸が肩を落としました。それでも、禰豆子と一緒ですから、いいところを見せたいのでしょう。しかたない、やるか! と、さっそくつるの巻いている木を探し始めました。
 伊之助も、早くも木に巻きついているアケビのつるを引きはがしています。つるを取りながらアケビをつまみ食いしているのはご愛敬。炭治郎たちも、ときどきアケビやムベを食べて一休みしながら、がんばってつるを集めていきました。
「これだけあったら、全員で下りられるぞ」
 とはいえ、炭治郎たちもすっかり大きくなりましたから、このままでは重くて危ないかもしれません。
 そこで、みんなはつるをせっせとより合わせて、もっと丈夫な綱にすることにしました。より合わせてはギュッと縛ってを繰り返して、長くて丈夫な綱を四本作り上げると、早速炭治郎たちは、崖の際に生えている頑丈そうな木にそれを結びつけました。
 反対端をお腹に結んで、これで準備は完了です。みんなはゆっくりと崖をおりていきました。
 木が生えているのは崖の中ほどです。足をすべらせないよう、ゆっくりゆっくりおりていくと、やがて赤く色づいた大きな葉っぱが絡みついた木にたどり着きました。この葉っぱが山ブドウの木の葉っぱでしょう。さっそく実を探しましたが、まったく実は見つかりません。
「えぇ~? なんでなんにもなってないんだよぉ」
「あの鼻じじい嘘ついたのかっ!?」
「こらっ、伊之助! 鱗滝さんをそんなふうに言ったら駄目だ。このお山の大天狗様なんだぞ? 山の主様を悪く言うなんて、罰が当たっちゃうぞ?」
 やさしい鱗滝は、伊之助の言葉を聞いてもきっと怒らないでしょうが、礼儀は大事です。ましてや炭治郎たちは神様の仲間入りをしているのですから、動物たちの模範になるようにしなければなりません。
 といっても、神様である柱様もいろいろで、わりと皆様好き勝手にくらしていらっしゃるのですけれども。それでも、真面目な炭治郎に言われては、しょうがありません。伊之助は不満そうに鼻を鳴らしましたが、喧嘩はしませんでした。崖で暴れるわけにはいかなかったのもあるかもしれませんが。
 そうこうしていると、ふと、禰豆子が目を閉じて耳を澄ませました。
「わかったよ、お兄ちゃん。このブドウの木は男の子なのよ。あっち! あの木からは、キュンキュンときめいてる音がしてるよ。きっとあの木が女の子だわ」
 恋柱様の眷属である禰豆子は、恋柱様と一緒に縁結びのお手伝いをしています。そんな禰豆子の言うことですから、きっと確かでしょう。
 少し離れたその木まで、よいしょよいしょと近づいていくと、ふわりとブドウの匂いが炭治郎の鼻に届きました。
「すごいぞ、禰豆子! 大当たりだ!」
「さすがは禰豆子ちゃん! でもあの木の近くはあんまり足場がないから、禰豆子ちゃんはここで待っててよ。俺がいっぱい採ってくるからね!」
「へっ、弱みそな豚逸なんかの手を借りなくても、俺様が山ほど採ってやるよっ」
「おいぃぃっ! おまえ、今とんでもない名前で呼ばなかったかっ!?」
「こんなところで喧嘩するなよ、危ないだろ」
 ワイワイと騒ぎながらも、禰豆子を残して炭治郎たちはゆっくりと木に近づきました。赤い大きな葉っぱの影からのぞく山ブドウは、たわわに実っています。
 さっそく一房つかみ取った伊之助は、炭治郎たちが止める間もなく口に入れた途端、すっぺぇ!! と大騒ぎです。ジタバタと暴れるものだから、結んだつるがギシギシと揺れて、炭治郎たちはヒヤヒヤとしてしまいました。
「まだ熟してないのかなぁ。でも、ほかにはブドウの木は見当たらないし……」
「しかたないだろぉ、とにかくこれを採っていこうぜ」
 善逸の言うことももっともです。けれども、まだ熟していない実では、お酒になんてなるのでしょうか。
 しかたなし、炭治郎たちがブドウを採ろうとしたそのとき、善逸の耳あてについた鈴がリーンと大きく鳴り響きました。音柱様のお力を持った、不思議な鈴の音です。途端にサッと青ざめた善逸が、禰豆子を振り返り見て叫びました。
「どっかの地面が揺れてる音がする! 禰豆子ちゃん、上に登って! 崖が崩れるかもしれない!」
 今日はいい天気ですが、少し前まで秋の長雨がつづいていましたから、地面がやわらかくなっていたのでしょう。崖が崩れたら、逃げ場がありません。善逸の声にうなずいて崖を登りだした禰豆子につづいて、炭治郎たちもあわててつるを伝いました。ところが。
 きゃああっ! と、大きな悲鳴をあげて、禰豆子の体がぐらりとかしぎました。炭治郎たちがつかんでいたつるも急にたわんで、上から土やら石がどさどさと降りそそいできたではありませんか。
 地面がゆるんでいたところに、全員同じ木につるを結んでいたものだから、きっと重みに耐えられなかったのでしょう。どんなに頑丈そうな木でも、地面が崩れてしまってはどうにもなりません。
 崖から投げ出されるように落ちていく四人の上から、大きな木が迫ってきます。どうしよう! 焦る炭治郎の横で、伊之助が巻いていたマフラーを手に取り思い切り振りかぶりました。
 すぐさまほとばしり出た炎が、ごぅっと木を燃やして、すんでのところで木にぶつかって大怪我をすることは免れることができました。けれども、谷間は深く、このまま落ちればやっぱり大怪我をしてしまいます。
 神様の仲間入りをしたとはいえ、怪我をすることには変わりがありません。下は急な流れの川。地面にたたきつけられるよりはいいかもしれませんが、流されてはやっぱり一大事です。
 どうにかみんなを助けなきゃ! 強く炭治郎が思った瞬間、炭治郎の懐から、ふわりと青く澄んだ光があふれだしました。
 そうだ! お守り!
 炭治郎は懐から一枚のハンカチを取り出すと、強く強く祈りました。
 みんなを助けて!
 それは、義勇から貰った炭治郎の大切な宝物でした。水柱の力を宿したハンカチは、炭治郎の強い願いに応えるように光を増して、大きく広がるとみんなの体をふわりと包み込みました。
 ゆらゆらと揺りかごのようにやさしく揺れながら、布は崖下へと降りていきます。そうして静かに狭い川岸にたどり着くと、またするすると小さくなって炭治郎の手に収まりました。
 誰も怪我をすることなくすんで、みんなは、はぁっと大きく息を吐くと思わず地面に座り込んでしまいました。
「あっぶなかったなぁ。まさか崖崩れが起きるなんてさぁ」
「おい、権八郎、これからどうすんだ? ブドウは全部どっかいっちまったぞ」
「この崖も、どうやって登ればいいのかな。どうする? お兄ちゃん」
 口々に言う三人に、炭治郎は、うーんと首をひねりながら辺りを見回します。崖崩れはすっかり治まったようですが、つるもなしに登るのは骨が折れそうです。それに、登っている最中にまた崩れてきたら、今度こそ大怪我をするかもしれません。
 川はゴウゴウと音を立てて流れています。かなり流れは速く、泳ぐわけにもいきません。
 義勇を呼べば、もしかしたら来てくれるかもしれない。炭治郎は思いましたが、なんだかそれもためらわれます。
 だって、鱗滝が言っていたことが本当なら、今頃義勇はきっとお館様のところにいるはずです。なんでお叱りを受けているのかはさっぱりわからないけれど、いきなり呼び出してしまっては迷惑をかけてしまうかもしれません。ほかの柱様だって、みんなお館様のお社にいるかもしれないのですから同様です。
 それに、炭治郎だってもう柱の一員なのです。まだまだほかの柱様にはおよびませんが、これぐらい切り抜けられなくては、義勇の伴侶として失格だとも思いました。
 よしっ、とうなずくと、ギュッと目を閉じて強く念じました。
 おいで、おいでと、心のなかで呼びかけつづけていると、遠くから羽音が聞こえてきます。
 お日様から飛んできたのは、何羽もの鴉でした。普通の鴉ではありません。鴉たちには足が三本あり、お館様のお遣い鴉たちよりも体だって大柄です。
 驚く禰豆子たちの前で、鴉はきちんと整列するとそろって炭治郎に頭を下げました。
「日柱様、御用がおありでしょうか」
「来てくれてありがとう! 俺たちを崖の上まで運べるかなぁ」
 お安い御用ですとまた頭を下げる鴉たちに、炭治郎はホッと胸をなでおろしました。
「おい、炭治郎! この鴉たちなに?」
「普通の鴉さんたちと違うね」
 しげしげと興味深く鴉を眺めまわす禰豆子たちに、鴉たちはツンとすまし顔です。
「日柱を襲名すると、この八咫烏たちが眷属になってくれるんだ。ただ、この子たちは普段は天界にいるから、まだ力が弱い俺じゃ呼び出すのに時間がかかるんだよ」
 頭をかいて、もっと修行するよと照れ笑いした炭治郎に、禰豆子と善逸は感心していましたが、伊之助は、子分のおまえのそのまた子分ってことは、こいつらも俺様の子分だな! と、ふんぞり返っています。
 あきれ顔をしたのは善逸だけではありません。鴉たちもちらりと伊之助を見やると、ツンとそっぽを向いてしまいました。
「とにかく、この子たちに助けてもらって崖の上に戻ろう」
「あんまり遅くなると鱗滝さんを心配させちゃうもの。ブドウは、ホラ、少しだけなら落ちてきたのがあるよ」
 善逸と伊之助だけでなく、鴉たちとまで喧嘩が始まっては大変です。あわてて言った炭治郎に禰豆子も一緒になって善逸たちをうながしたので、それもそうだとふたりもうなずいてくれました。
 鴉たちも手伝って、落ちてきたブドウのなかからつぶれていないものをせっせと拾っても、ブドウは炭治郎の片手に収まるほどしかありません。けれどもこれ以上ここにいるわけにもいかず、仕方なく炭治郎たちは、ともかく帰ろうとうなずきあいました。
 一緒に落ちたつるをかき集めて、長い綱を全員分作ると、みんなはそれぞれ綱に腰かけました。綱の両端をつかんだ鴉たちが飛び立ちます。ブランコのようにゆらゆらと揺らされながら、炭治郎たちは崖の上へと向かいました。善逸は怖い落ちると大騒ぎです。
「うおぉぉっ、すっげぇ! おい、揺らしっこしようぜ!」
「駄目だ。鴉たちが困っちゃうだろ。伊之助、今度またつきあってやるから、今はおとなしくしてくれ」
「そうだそうだぁ! 鴉さんたちの迷惑も考えろっ、怒って振り落とされたらどうしてくれんだぁ!!」
 ワイワイとさわがしい炭治郎たちに、鴉たちは素知らぬ顔。けれどもやっぱりちょっとあきれていたのでしょう。崖の上に降りたったとき、一羽がそっと炭治郎に耳打ちしたものです。
「日柱様、ご友人はえらばれたほうがよろしいかと」
「善逸も伊之助もいい奴なんだよ。ちょっとうるさいけど。おまえたちもそのうちわかるよ!」
 ちょっと苦笑いしながら炭治郎が言えば、鴉はいかにも本当かなぁと言わんばかりにちらりと伊之助たちをみましたが、それ以上はなにも言いませんでした。鴉たちに二人の良さを知ってもらうには、まずは炭治郎が力をつけなければなりません。なにしろ鴉たちは遠い天界にいるのです。炭治郎がもっと神様らしくなって、楽に呼び出せるようにならないと、鴉たちだって伊之助たちの事を知る機会はないのですから。
 みんなで鴉にお礼を言って見送ると、炭治郎たちは鱗滝のもとへと急ぎました。秋のお日様は沈むのが早いのです。急がなければお酒造りをお手伝いする時間がなくなってしまいます。
 炭治郎たちは鱗滝のところに戻るなり、一斉に頭を下げました。
「ごめんなさい、ブドウはこれしか採れませんでした!」
 伊之助だけは、ムッと唇をとがらせてそっぽを向いていましたけれども。
「崖が崩れなきゃもっと採れたんだっ」
「こらっ、伊之助。言い訳するな」
 炭治郎が叱ると、伊之助はますます顔をしかめます。だって本当のことじゃねぇかとふてくされるのを、禰豆子がなだめていると、鱗滝は快活に笑って言いました。
「怪我がなくてなによりだ。ブドウはまぁいい。どっちにしろ熟れきるにはまだ早い」
「はぁ!? なんだよ、それじゃなんで俺らに採ってこいなんて言いやがったんだ、鼻じじい!」
「こ、こらっ! そんな言い方したら駄目だ、伊之助!」
 食ってかかる伊之助とあわてる炭治郎に、鱗滝はニヤリと笑っています。
「大事なのはやり遂げようという意思と、困難に立ち向かう勇気と状況判断だ。まだまだ未熟だが、合格点だ。さぁ、ついてこい」
「なんだよ、これも試練? 洋服屋さんのお手伝いしてたときみたいじゃん」
 さっさと歩きだす鱗滝に、善逸がぼやきます。確かに、柱様たちのところへお遣いに行ったときと似ています。山の主様である大天狗様なのですから、やはり神様同様、願いごとをかなえてもらうにはまず自分たちが頑張らなければならないのでしょう。
「お手伝いするって言ってんのに、試練を受けるってなんか理不尽っ」
 鱗滝に聞こえないようにでしょうか。善逸は小さな声でブチブチと文句を言い続けます。よっぽど怖い思いをしたのでしょう。
 足の速い鱗滝はさっさと行ってしまうので、みんな大急ぎで後を追いかけながらのおしゃべりです。炭治郎たちはもう大きくなったので、子どもだったころよりは楽ですが、それでもちょっぴり息が切れてきます。それなのに文句を言い続けるのだから、善逸はすごいなぁと炭治郎は変な感心をしてしまいました。
「もういいじゃない。合格したんだし、みんな無事だったんだもん。これでお酒の作り方だって教えてもらえるんだから」
「あ、そっか。お手伝いだけど教わることに違いはないもんな。これも願いごとだったんだよ、善逸」
「うぅっ、納得いかないっ。けど禰豆子ちゃんがそう言うなら許してやるよっ」
「へんっ、あれしきの試練、俺様には楽勝だったけどな!」
 一所懸命に鱗滝を追いかけながら、それでもワイワイとおしゃべりしているうちに、一軒の山小屋にたどり着きました。ここが鱗滝の住処なのでしょう。
「さぁ、酒の作り方を教えてやろう」
 みんなが到着するのを待ち構えていた鱗滝が言いました。
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初公開日: 2020年10月17日
最終更新日: 2020年11月14日
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