「音がするの。かん、ころん、かしゃん。ようく磨いたグラスに色とりどりの金平糖を注ぐ時みたいな。そんな、音」‬
‪「何の話だ」‬
‪「恋に落ちる時の話」‬
 ‪そう言って義理の妹は淡く微笑んだ。妹のクラスの男衆ならばどきりと心臓を鳴らしていただろうが、残念なことに自分は彼女の兄だ。加えて話が唐突すぎてついて行けない。いきなり何を言っているんだこいつは、と眉間に皺を寄せながら妹を睨め付けた。‬
‪「下らないことを言っている暇があるならさっさと問題を解け。現実逃避は帰ってからしろ。付き合わされる方の身にもなれ」‬
‪「補習の生徒の勉強を見るのも先生のお仕事でしょう?」‬
‪「うるさい。いいから集中しろ」‬
‪ 語気を強め、睨みをきかせれば、妹は小さく肩を竦めた。はあい、と間延びした返事に再び小言を呈したくなったが、大人しく問題集に向かい直ったので止めておく。下手に突いて会話が伸びれば、その分帰りも遅くなると分かっているからだ。同じ理由で敬語が外れているのも仕方なく、見逃した。‬
 ‪真剣にシャープペンシルを走らせる姿を見張りながら、手元のキーボードに文章を打ち込んでゆく。作成しているのは来月行われる剣道部の合宿の、保護者に宛てた通知文だ。剣道部の副顧問である自分の元にはこうした作業が回ってくる。ひとつひとつは大したことのない作業だが、積もれば容易に押し潰される山となるのは必然。すぐにこなしてしまうに限る。‬
‪ 通知文のテンプレートに日程と場所を打ち込み、顧問と己の連絡先を加えようとした時だった。‬
‪「ねえ、錆兎」‬
‪「先生を付けろ」‬
‪「錆兎は恋、したことある?」‬
‪「……それは今お前が解いている二次関数の問題を解く上で必要不可欠な質問か?」‬
‪「不要不急といえばそうだけど、大切なことでもあるよ」‬
「そうか。なら答える必要はない」
 下らない、と斬って捨てる。真剣な顔で言うから何事かと構えて損をした。ため息のひとつも吐きたいところだが肝の太い妹の前でそんなことをしても無駄だろう。かえって興味を示してくるに違いない。なんでもいいから早く終わらせろ、と募る苛立ちをキーボードに向ける。
 普段より重くタイピング音が響く数学研究室に妹の声が響く。
「ないでしょ。ないよね。ないに決まってる」
「…………」
「浮いた話のひとつもないって鱗滝さんも義勇も、みんな言ってたし」
「…………」
「だってまだ、錆兎は気づいてないから」
「真菰、いい加減に——」
 勝手なことばかり言う妹の口を閉じさせようと拳を机に叩きつけたのと、同時に。
「失礼します」
 よく響く、玻璃のような声が入室を告げた。妹から視線を外し、どうぞ、と声を掛ければ、見慣れた少女が現れた。夜を裂くように瞬く熾火の色をした髪と、氷の中に閉じ込められた椿のような瞳が印象的だった。
 彼女はこの春入学したばかりの新入生で、名を竈門炭治郎という。女子剣道部の顧問と部長が熱心に勧誘を続けている生徒であり、錆兎の友人である体育教師に目を付けられている生徒であり、耳飾りと呼ぶにふさわしいピアスを何が何でも外さないという頑なさ以外はきちんと校則を守り授業にも集中し何事にも真面目に取り組む少女、というのが錆兎が抱く印象であった。
「錆兎先生、日誌を持ってきました」
「ああ。ありがとう」
 炭治郎から日誌を受け取る。中身はあとで確認することにして、パソコンの横に積んだ。役目を終えた炭治郎はきちんと頭を下げると、そのまま去っていこうとする。止める用もないので気を付けて帰るようにと声を掛けた。
 それで終わるはずだったのだが。
「炭治郎」
「あれ、真菰?」
 妹が炭治郎に声を掛けてしまったのである。
「もう帰るの?」
「うん。妹の迎えに行くんだ」
「花子ちゃん?」
「そう」
「そっか。みんな元気?」
「元気だよ」
「また遊びに行ってもいい?」
「勿論! 歓迎する!」
 言い訳がましい話に、なるけれど。錆兎は止めようと思ったのだ。炭治郎の家の事情はそれなりに把握している。父親が三年ほど前に亡くなっており、母親が女手一つで炭治郎たちを育てているらしい。家はパン屋を営んでおり、幸いそちらの経営はそれなりに安泰であるそうだが、まだ幼い妹弟も多いという。そんな子供たちを仕事で忙しい母親の代わりに見ているのが、長子である炭治郎だ。
 簡単に言ってしまえば、炭治郎は忙しい。剣道部からの熱烈な勧誘を断り続けているのは、弟たちの面倒を見たり、店の手伝いをしたりとやることが山積しているからだ。
 そんな事情を知っているから。だから、言おうと思った。早く行かせてやれ、と。竈門はお前と違って忙しいのだから、引き留めるな、と。そう、言おうと思ったのに。
 炭治郎が余りにも嬉しそうに、笑っているから。少しくらいは止めなくてもいいだろう、なんて。
 いや、いや、違う。二人がマシンガントークを繰り広げているから口を挟む暇がないだけだ。ただそれだけの話。
 頭を横に振り、深呼吸をひとつ。肺の中身を入れ替えるように息を吐く。真菰は相変わらずどこ吹く風だが、炭治郎は錆兎の言わんとするところを感じ取ったらしい。
「あ、えっと。ごめん。そろそろ行かないと」
「うん。またね」
「うん。……また、明日」
 そう言って炭治郎は小さく手を振った。足早にドアの傍へ近づくと、静かに戸を引く。
「失礼しました」
 玻璃のような声が響く。律儀に腰を折ると、ちらり、錆兎の方へ視線を投げて寄越した。かちり、目が合う。炭治郎は小さく目を細めた。その目が何かを語る前に、彼女の姿は戸の向こうに消えていった。
 再び沈黙した戸から視線を戻すと、真菰がこちらを見ていた。もの言いたげな視線が突き刺さる。
「…………」
「……なんだ」
「なんでもない」
 思わず声を掛けてしまって後悔したが、予想に反して真菰は問題集に意識を戻したらしい。それ以上何かを言ってくることはなかった。気まぐれな妹の行動に疑問符を浮かべながら、錆兎もパソコンに集中する。
 だから、気づかなかった。真菰が、
「……金平糖、もう少し、かな?」
 と、笑ったことに。
※以上です。
※途中動かなくなってしまってすみません。
※どなたか見てくださってる方、いらっしゃいますかね……?
支部の入り口は閉じました。
当作品は推敲してから支部に乗せるつもりです。
ありがとうございました。
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錆炭♀現代パラレル
初公開日: 2020年05月13日
最終更新日: 2020年05月13日
現代パラレルですが、学園設定とは設定が異なりますのでご注意ください。
錆と真が義理の兄妹だったり、錆が先生だったり。
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