埋める行間がほとんど無くなってきて読み返しながら考えるタイムに入ったので遅筆どころかほぼほぼ進みません
「ただいま~」
 自室に戻ると、フロイドは手に持っていたバッグを無造作に放り投げ、蒼い尾びれを閃かせながら真っ直ぐに大きな水槽を目指す。それなりに広さのある部屋を二分するように置かれている、天井まで高さのある透明な硝子で出来たその中には、フロイドが魔法で用意した赤い薔薇の花が美しく咲き誇っていた。ここに住む小さく美しい魚の為だけに用意した、永遠に枯れない薔薇園だ。
 水の中でゆらゆらと揺れるその薔薇の中に、ひとつだけ、少し色味の違う赤が混じっている。半透明の赤い生地がふわりと広がり、赤い薔薇を覆っていた。冷たい硝子に顔を近付けると、広がる赤い生地の下に、リドル・ローズハートが蹲るようにして横たわっている。
「帰ったよ、いい子にしてた?」
 硝子に顔を近付け声を掛けるが、少し待ってみても反応が無い。薔薇の隙間から覗く白い肩は規則正しく上下しており、眠っているのかもしれない。
「……なーんだ、寝てんのかあ」
 フロイドはつまらなそうに頭を掻きながらそう呟き、水槽の隅にある海藻へ近付いた。このお利口な海藻は、人魚にだけ反応する。人間の、しかも魔法を使うことの出来ない今のリドルに、ここを通り抜ける術はない。
 棘の処理をしていない赤い薔薇の中を、フロイドは尾びれが傷付かないよう器用に進んでいく。小さな子供のように丸まって眠っているリドルの真横に屈み込み、顔を覗き込んだ。起きている時よりも幾分幼いその寝顔を満足気に見つめてから、その頬をむにむにと触る。柔らかな感触が心地良い。そのまま頬の感触を堪能していると、少しして、長い睫毛が震えながらそっと瞳が開かれる。幾度か瞬いてから未だ眠そうに瞳を擦りながら徐に身体を起こすと、腰回りに身に着けた蒼い珊瑚石が小さく揺れ、そこから伸びる真っ赤なシルク・オーガンジーの生地で出来た半透明の長い布が、ウェディングドレスのように大きく広がった。
「おはよう金魚ちゃん」
 起き上がりはしたものの、ぼんやりと空を見つめたままのリドルにやや大きめの声量で声を掛けると、ようやくはっきりと覚醒したようで、リドルはなんとも嫌そうな表情でフロイドを見上げてきた。
「おかえりって言ってくんねーの? オレ、金魚ちゃんと遊ぶために急いで帰ってきたんだけど」
 唇を突き出して拗ねるように不満を口にすると、逡巡した後に大きな溜息を吐き、小さな唇が「おかえり」と音に出さず返してきた。
「ただいまあ」
 フロイドは満足気に笑い、
 今のリドルは、言葉を音にすることが出来ない。海の魔女の物語に出てくる人魚のお姫様とは逆に、海に迎え入れられる代わりに声を失ってしまったのだ。可哀想なリドル。でもこれは本人が望んだことでもあるのだから、仕方がない。何事にも対価は必要だとフロイドは思っている。あの愛らしい声が聞けなくなってしまったことだけは、少し残念だが。
「金魚ちゃんも、オレたちみたいに尾びれ、つけてみる? 水の中だとこっちのが便利だし気持ちいいよぉ」
 リドルの両手を取り、髪と同じ二色に彩られた蒼い尾びれを閃かせながら、フロイドはまるでダンスをするようにその場でくるりと回った。一緒に回るリドルの腰に巻かれた赤い布も、大きくふわりと舞う。リドルは困惑するような眼でフロイドを見つめ、小さく首を振った。これ以上その身に何らかの魔法を掛けられたら本当にただの金魚にされてしまうと思ったのかもしれないと思い至り、それも良いかもしれないと少しだけ思う。フロイドの掌に収まってしまう程の、小さな、小さな、赤い金魚。両手で掬ってしまえば、愛でることも、握り潰してしまうことも、その気になれば食べてしまうことすら、人間の大きさのリドルよりも容易に出来てしまうだろう。――しかしそれはもはや、フロイドの惹かれた小さな金魚、リドル・ローズハートとは言えない。
「ははっ、冗談だよ。そんなことするわけないじゃん? ……オレねぇ、人間なのに金魚みたいな金魚ちゃんが好きなんだぁ」
 人に愛でられるために作られた健気で美しい観賞用の人間に恋をした。本物の金魚になってしまっては意味が無い。
頬を撫でると、何か言いたげに小さな唇がぱくぱくと開閉する。悲しげな瞳が何かを訴えかけてきているようだ。棘の抜かれていない薔薇を触る時についたのだろう、小さな傷らだけの両手をとり、指先にそっと口付けて楽しげに笑いながらその瞳を見つめ返した。
「駄目だよ金魚ちゃん、またあんなふうになりたいの~?」
 リドルの考えていることはわかりやすい。この表情をする時のリドルはいつも、ただただ『帰りたい』と訴えかけてくるのだ。けして叶えられる筈のない願いを何度も懇願してくる無言の瞳が、フロイドは気に食わない。そんなに物欲しそうな顔をして『帰りたい』だなんて大嘘をつく、かわいいかわいい金魚ちゃん。本当は誰かに攫われて小さな水槽の中に飼い殺すみたいに閉じ込められて一人で生きていけなくなるくらい雁字搦めに縛って壊して楽にしてほしいとずっと思っていたくせに。いざその願いが叶えられると、今度は真逆の願いを夢見ている、我儘な金魚。
 悲しげにゆらゆらと揺れる瞳が、やがて諦めたように閉じられた。泣いてしまうかもしれないと一瞬思ったが、その瞳から涙が流れることはなく、結局何を口にしようがここにいるしかないのだと、リドル自身、わかっているのだ。哀れで愛らしいその唇に、そっとキスをした。
 * * *
 ナイトレイブンカレッジを卒業後、海に戻ったフロイドは小さな金魚を一匹連れていた。
 陸と海、あまりに違い過ぎる環境に身を置く二人は、卒業後、会う機会があるかどうかもわからない。そう思い最後のちょっかいをかけようと探してみると、喧騒から少し離れた人気の無い場所で、小さな金魚は灰色の大きな瞳を涙で濡らしていた。何を泣いているのかと尋ねると、フロイドの服の裾を掴みながら、わからないのと返される。じっとフロイドを見つめてくる灰色の瞳が、濡れる涙の揺らめきで蒼く光っている。心の底に隠してあった思いを見透かされた気がした。
世界に一匹しかいない、かわいいかわいい金魚ちゃんを、永遠に自分の元に閉じ込めてしまおうと決めた。
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遅筆の極み/だいたい書いたので信じられないくらい遅筆/めっちゃ短い雰囲気SS
twst/フロリド/3_2
遅筆の極み/めっちゃ短い雰囲気SS/いつ配信を止めるかわからない
R
twst/フロリド/3_1
遅筆の極み/めっちゃ短い雰囲気SS/いつ配信を止めるかわからない
R
twst/フロリド/2
遅筆の極み/めっちゃ短い雰囲気SS/いつ配信を止めるかわからない
R